小説

『アクリル越し』洗い熊Q(『たぬきの火の用心(神奈川県)』)

「分かった。だがもう少し修正しろ、俺が納得出来る様に。後はお前の好きにしていい」
 半ば投げやりだったのだろうか。もしかしたら照れ隠しなのかも知れない。少し上司が苦笑いした感じだった。
 嬉しさよりも何か達成しえた感触。一番に思ったのは上司への感謝だ。
 めい一杯に頭を下げた。本当に素直に頭を下げれた気分だ。気持ちの清々しさの中に、自分が間違っていたとしみじみと噛みしめる瞬間でもあったのだ。

 
 ――祖母が亡くなって半年以上経ってから。
 僕は会社を辞めた。
 不満があってや不都合があって会社を去ったつもりはない。
 自分にはやりたい事があった。それに気付いたのだ。それに気付いたのは上司に面と向かって自分の思いを言った時だった。
 あの時、何故に怒りを感じていたか。色んな思いがあった。色々と試行錯誤の末に辿り着いた考えが合った。どうしても達成したい想いが沢山あった。
 だが中々上手く行く事はない。様々な困難がある、不都合がある。それに気を使うだけで憂鬱になる。不満も募るばかりだ。
 それを僕は周囲のせいにして紛らわしていた。結局、本当の問題から自分から逃げていたに過ぎない。
 だから怒りを感じた。本当にそれをやりたいと心底思っていた癖に。
 逃げている内に忘れていた。その想いというものに。

 こんこんこんこん。

 あの瞬間に思い出した。祖母との思い出も一緒に現れた。
 それを聞きのがそうとした時に、聞こえない振りまでやっていて、胸を叩かれるまで無視をしようとしていた。
 格好悪いかと勘違いしていたのか。世間体ばかり、周囲を気にする事が当たり前となった生活に浸りすぎたせいかも知れない。
 祖母はそんな事を気にしないでと、自分を心配して伝えたかったと今は思う。

 こんこんこんこん。
 お前は聞いているのかい?
 ちゃんと聞いているのかい?
 こんこんこんこん。
 ちゃんと聞いているのかい、内からの声を。
 しっかりと聞いているのかい、自分の心の声を。
 こんこんこんこん――。

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