小説

『風に乗せて』小山ラム子(『てでっぽっぽ(岩手県)』)

 あのときわたしが変えるべきだったのは『美晴だったらきっとこの部活のいざこざもなんとかしてくれる』という自分には分不相応な期待の方だった。だけど、「わたしはそんな大層な人間ではない」と言うその勇気がわたしにはなかった。
 今のわたしに一番近しいのはお母さんだけど、昔とちがって口喧嘩することも少なくなったと思う。それはわたしが日常生活で無理をすることが少なくなったからだろう。
 バイト先に竹内さんという心強い相談相手がいることも大きかった。でも、竹内さんにも寄り掛かりすぎることのないように気を付けている。
 高校時代も今の私でいられたなら、風太と別れることはなかったと思う。
 あの物語のあまのじゃくな子どもは、みんなにあまのじゃくだったのだろうか。それともお父さんにだけ甘えてしまっていたのだろうか。
 いずれにしろ、改心したのがお父さんが死んだ後では意味がない。
 変わったところで今更もう遅い。
 子ども達の帰りの時間になり、玄関まで見送りにでる。学区内の場所だから歩いて帰れる距離だろうけど、七時過ぎの暗い道であるし、原則保護者に迎えに来てもらうことになっている。
 次々とお迎えがくるなか、愛菜ちゃんが「あれ! どうしたの?」とおおきな声をあげた。その声に思わず振り向く。
 自分の目を疑った。
 相手も驚いたようにわたしを見つめていた。
「今日お迎え風太くんなの? ママは?」
「あ、えと、姉さんは忙しいみたいで。あの、えっと、美晴ちゃん、ここで働いてるんだ」
 風太は愛菜ちゃんに答えながらも、最後の方はわたしを見ていた。
「あ、うん。その、五月から」
「あ、そっか。愛菜ちゃんがいつもお世話になってます」
「あ、いえ、こちらこそ」
 顔を上げると、頭を下げ合っていたわたし達を不思議そうに見つめる愛菜ちゃんが目に入った。
「風太くん、美晴先生のこと知ってるの?」
「ああ、うん。高校の同級生で」
「へー! 美晴先生すっごく優しいんだよ! わたし、先生のこと大好きなの!」
 自慢気に言う愛菜ちゃんをうれしく思いながらも、風太の言った『高校の同級生』という響きに胸がきゅっと切なくなる。
「そっか、うん。美晴ちゃん、なんか雰囲気がやわらかくなったね」
 そんな切ない気持ちが、風太の言葉一つですぐに温度を上げ別のものへと変わっていく。
 冷たいはずの秋風が、熱くなった頬に心地いい。
 風を感じながら、わたしはちょっと前のわたしを叱り飛ばしていた。
 わたしはあの物語の子とはちがう。
 だってまだ、風太に会えるじゃないか。もう遅い、なんてそんなことはない。
 受け取る相手のいない名前を呼び続けるだけなんてもういやだった。どうなったとしても、もう一度届けたい。
「風太」
 真っ直ぐ見つめ、声にだす。
 彼が浮かべていたのは、その名前の響き通りの表情だった。

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