小説

『Kids Are Alright』室市雅則(『花咲かじいさん』)

 眉毛があって、名前がラッキーなんて笑ってしまう。
 僕は満足したので、筆箱の中に折り畳んで忍ばせて、明日ラッキーがやって来ることを願って寝た。

 翌朝は雨だった。
 それだけで学校に行くのが面倒になる。
 我が愛犬のラッキーの効果はないようだ。
 天気は天気、僕は僕と学校に向かった。
 吉田くんの人気はまだ続いていて、もう二枚目の犬をゲットしている人もいた。人間どこまでも貪欲になれるものだ。どうやらまだ誰にもラッキーは訪れていないらしい。
 ランドセルを机に置いてそのまま窓際の自分の席に座ると吉田くんが調子良さそうに声をかけて来た。
「あれ? いらないの? 昨日あげてないよね?」
 大丈夫と返すと、吉田くんを筆頭にクラスメイトたちは不思議そうな顔で僕を見て、すぐにこのやり取りが無かったかのように即席サイン会へと戻った。
 いいさ。
 僕はランドセルから筆箱を取り出して、蓋を少しだけ開けて隙間から中を見た。暗くてよく見えないけれど、ここにラッキーがいるのだ。
「何見てるの?」
 背後にいつの間にか吉田くんがいた。
 返事をする前に僕の筆箱が奪われ、蓋が開けられ、中を検められた。
「何これ?」
 ラッキーが描かれたノートの切れ端をみんなに向けて吉田くんが掲げた。
 クラス中で失笑が起きた。
「言ってくれればあげるのに」
「返してよ」
 僕が取り返そうと切れ端を掴むと半分に破れてしまった。
「あーあ。ごめんねラッキーくん」
 吉田くんの声にみんなが笑った。
 僕は頭に来て、吉田くんに飛びかかった。
 僕たちは机と机の間を転がり回った。
 ひょんなタイミングで僕は吉田くんの馬乗りになった。
 ケンカをしたことの無い僕は、それでどうすれば良いのか分からなかったし、幕の引き方も分からなかった。
「ちょっとやめなよ」
 女子リーダー山崎だ。
 僕は吉田くんから体を退かせて立ち上がって席に戻ると、吉田くんも立ち上がっていて気まずそうに手にしていた紙の半分を僕に放るように返して自分の席に返った。
「大丈夫?」
 山崎がセロハンテープを手に僕の席にやって来た。
 やめてくれ。優しくされる程、なんか惨めなんだよな。
 やっぱりこんな画、描かない方が良かったんだ。
 山崎がセロハンテープで切れ端をくっ付けてくれた。初めて山崎が可愛く見えた。ちょっとだけだけど。
 でも、やっぱり優しい方が悲しくなるんだよ。

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