小説

『帽子の底』百々屋昴(『王様の耳はロバの耳』)

 単純に、何もしなくたって多数派でいられた連中が、勝手に良し悪しのラベルを貼っつけているだけで。

 上着を脱いで椅子にかける。深呼吸を一つした。部屋の隅、荷解きしないまま長いこと放置している段ボールの方へ足を向ける。
 ガムテープを破って蓋を開けると、萎れた耳が横たえられていた。

 結局、捨てることなんか出来やしなかったのだ。引き出しの奥に押し込んで、腐臭に怯えながら隠し続けて。
 その果てに何を手に入れたのか、よくわからない。
 失ったことだけが確かだった。

 ……随分と都合の良い話だ。抗うこともせず、ただ周りが穏当になったからこうする時点で、とても卑怯なやつだと思える。
 それでも。

 くたりとした耳をそっと掬い上げる。頭の上に載せると、快い痛みが頭から爪先までを走り抜けた。
 もう長いこと僕の体を離れていた耳が、少しへたって額を隠す。それでも、柔らかな毛並みに覆われた僕の一部は、しっかりと僕の頭に根付いていた。

 何度も機種を変えたスマホを手に取り、適当なSNSをインストールして立ち上げる。
 あの時消したアカウントと同じID、同じ名前、そこまで入力してようやく、アイコンの画像がないことに気付いた。
 あの時は、顔を隠した僕を設定していた。

 カメラを起動する。撮り方のコツなんかほとんど覚えていないし、最近の流行りなんてもっとわからない。それでも、画面の中に映る僕は、いつかの僕が望んだ大人にほんの少しだけ近づいていた。
 シャッターを切る。ノウハウの記憶を辿りながら加工する。
 「投稿」の文字に指を伸ばす。

「僕の耳だ」

 僕が映したい僕の姿を、電子の海へと送り出す。
 ぶるりとスマホが身震いして、称えるようなサムズアップをぱちりと灯した。

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