小説

『ある日、図書館で』石咲涼(『三枚のお札』)

 娘を幼稚園に送り、返却期限を過ぎてしまった本を急いで図書館へ返却に行くと、ギャラリーで絵画展が開かれていた。
 おばあさんがコロナ禍で、一人こつこつ描いた絵だそうだ。いつも慌ただしくて周りなんてよく見ていない私なのに、ふと足を止めた。
 趣味を広げて心を癒す人もいれば、苦痛を感じどんどん不幸になる人もいる。この世は益々二極化されているような気がする。そして、私はどっちなのだろうと思う。この後、来月手術を控えた母の所へ行くことを考えて私はため息をついた。すると、受付に座っていたおばあさんと目が合った。「よかったら見ていって下さい」と、控えめな様子と優しい笑顔に誘われて、私はギャラリーに入った。
 絵は日常の育てている花や、使い古した調理器具や、今はもうみかけない茶箪笥などの家具が書かれていて、心がほんわかするようなものだった。日々を丁寧に暮らしている様子が伝わってきて、私も穏やかに暮らしたいなと思わせるものだった。中には本人しかわからないような絵もあって、どこかの神社で買ったのか不思議な色合いのお札の絵もあった。温かみと芸術性のある絵に私は心が和んだ。
 帰り際、「気に入っていただけたのがあったら、絵葉書にしたのも少しだけ用意したのでおっしゃってね」と言われた。
 そこで私は「あのお札みたいな絵が好きです」と言うと、びっくりしたような顔をされた。
「あらあら、それの絵葉書はないのよ。でもね、ほんものはあるの」
 そう言うと、おばあさんは鞄から風呂敷包みを取り出して広げた。さっき絵でみたお札が三枚あった。
「このお札はね、願いを叶えてくれるのよ。本当に困った時に使うといいわ」
 おばあさんは私に差し出した。
「え、でも……それはいただけないです」
「絵を見て下さった方にお礼を差し上げたいの。あなたがこれを選んだからご縁があったのよ。私はね、このお札いただいたけど使う機会がなかったの。だからあなたに使ってもらえたら嬉しいわ」
 お札だけにもしかしたら何かの詐欺ではないかと思った。この世は常に用心しなくてはいけない。特に今すごく疲れているし、と咄嗟に思った。そしてそれが悲しくもあった。とても悪い人に見えないおばあさんだったからだ。
 まあ、お札とはいってもアートみたいだし、絵葉書もらったと思えばいいか。
 そう思い直してお礼を言って帰った。

 帰宅するなり幼稚園ママのグループLINEが始まった。
 はあ、もういいかげんにしてほしい。よく聞く激しいママトラブルには巻き込まれないできたが、グループLINEでいい気分になることは皆無だ。見ないのもよくないが、見て返信しないのもよくない。でも私は忙しいのだ。これから娘のお迎えまでに母のところへ行かなくてはいけない。一体みんなどうやってLINEする時間を作り出しているんだろう。時短とは縁遠い私には理解不能だ。私は思わず耳を押さえた。

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