小説

『自尊の果て』川瀬えいみ(『山月記』)

「それでも十分に無謀だ。朝まで、さほど時間はない。なぜ俺を助けるんだ」
 李徴は銀麗に尋ねた。その理由が、李徴にはわからなかった。
「変なことを訊くね。あんた、やっぱり変わってる」
 銀麗が白い前歯を剥き出しにして笑い、そう言う。李徴が『なぜ』と問うわけが、銀麗には本当にわからないらしい。
 競うように鼠捕りの木板を齧り続けている鼠たちも、自分たちのしていることに、まるで疑念を抱いていないようだった。窮地にある仲間を助けることは、彼等にはごく自然で当然のことなのだ。
「あたしたちが力を合わせたら、できないことはないよ!」
「おおーっ!」
 銀麗の号令に、鼠たちが勇ましい声をあげて応じる。
 銀麗の言葉に嘘はなかった。
 李徴は、無事に罠から逃れ、皆と共に蔵の外に出ることができたのである。
 まもなく朝日が空に昇り、紫色の雲が薔薇色に変わる。そんな時刻だった。

 
 李徴は仲間たちに救われた命を、救ってくれた仲間たちと共に、大切に生き、そして、鼠として死んだ。
 悔いはあったが、幸せだった。

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