小説

『夢十六夜』夏藤涼太(『夢十夜』『第一夜』)

「この町にいた頃は、そんなことなかったのになぁ。やっぱり私には、東京は向いてないのかな」
「でもそれって……東京とか、田舎とかの問題なのかな」
「え?」
「いや、なんでもない。そろそろ行こっか。これ以上休んでると、身体が冷えて動けなくなりそうだし」お尻についた砂を払いながら、凪は言った。

 うっすらとした月が出ていた。大きく欠けた弓なりの細い月。旧暦二日目の月。
 どうやらいつの間にか、一日が過ぎていたらしい。
「凄え! もしかしたら、本当に無限の終わりを見られるかもよ!」
「……そうだね」
「テンション低いなぁ。なんでも願いが叶うんだよ? 奈美は、どんな願いを望むの?」
「そうだなぁ。私の願いは……」
 そんな会話をしながら、私達は歩き続けた。長い長い海岸線を。
 歩く度、日が落ちる度、日に日に月は満ちていった――

「ねぇ、あれ……」
「うん」
 砂浜の中に、綺麗な丸い石が埋もれていた。手に取って、撫でるように砂を払う。星の破片だ。粒子の一粒一粒が彼方の光を受け、まばゆく光っている。
 堤防の裂け目からは、白いユリが咲いていた。海に目をやる。降り注ぐ月の光が、冬の海に静かにたゆたっていた。大きな大きな、十六夜の月だった。
「もう十六日が経ったんだね」
「うん。ここが、無限の終わり」
 この世の終わりのような、美しい光景。それはまさに、『夢の世界』だった。
 ……そう、これは『夢』。そんなことはわかってた。だって十六夜の月なんて、見られるわけがないんだから。十六日間も、歩き続けられるわけがないんだから。
 これは夢。現実から逃げ続ける私の夢。月の光が見せるまやかし。孤独を受け入れられない私の無意識が見せた、再会の夢。
 でも、それでいいんだ。現実は、私には辛すぎる。
 この世界で生きていくことは、私には辛すぎる。
「さぁ、何を願う?」私の目を見て凪が問う。
「……願いなんてないよ。だって私の夢は、もう叶ってるから」
 だから、このままでいい。ずっとここにいよう。凪と――
「ダメだよ」
 え?
「じゃあ僕の願いだ。奈美……僕のことを、どうか忘れてほしい」
「……は? 嫌だよ! 何言ってるの!?」
「もう気づいてるんだろ? 僕がここにいないことに」
 嫌だ。そんなこと言わないで。だって凪は、ここにいる!
「十年以上前……僕達は今日のように、二人で家を抜け出して海岸線を歩いた。だけどその時、地震が起きて……僕達は津波に飲み込まれた」
 そう。そして私だけが奇跡的に生きて発見された。凪はいなくなってしまったのに。

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