小説

『夢十六夜』夏藤涼太(『夢十夜』『第一夜』)

 いや、子供の頃は毎日こうだった。今の私には、きっとこういうことが必要だったのだ。
 でも私一人だったら、きっと不安に押し潰されて、とっくに東京に帰ってる。頭の中は予定やタスクでいっぱいだ。そんな私が無心で歩くことができるのは、あの頃と変わらない凪が隣にいてくれるから……
 凪だけだ。
 凪以外は、何もかも、皆変わってしまった。
 その時、連続的な重い震動音が耳の奥に響いた。身体が揺れている。音のする方に目を向けた。真っ暗で、何も見えない。でも、黒い怒濤が押し寄せて――目の前の凪を飲み込んで――凪は、いなくなってしまった。

 そんな夢を見た。
 堤防で休んでいる最中に、うたたねしていたらしい。何時かはわからないけれど、流石に寒くて身体が震えた。頭を起こす。
「あっ……」
「やっと起きた」
 どうやら私は、知らない間に凪の肩を枕にしていたらしい。
「ご、ごめん。私、夢を見てて……」
「夢?」
「そう、夢……とても怖い夢。凪が、いなくなっちゃう夢……」
 でも、今はいる。その凪が、私を見つめている。
「奈美……どうして泣いてるの?」
「え?」
 いつの間にか、涙が頬を伝っていた。滴はぽたぽたと堤防に落ち、黒い染みを作った。
「ふふっ。怖い夢見て泣いちゃうとか、子供かよ」
「うっ、うるさいうるさーい! だって、本当に怖かったんだもん!」
「はいはい、かわいいでちゅねー」
 バカにするように、凪が頭を撫でる。
「うー! ムカつくー!」
 ムカつくのに、頬が熱くなるのを止められない。もっと撫でてほしい。
 あの頃と変わらないじゃれあい。昔と同じ憎まれ口。凪に頭を触られると、どうしてこんなに安心するのだろう。暖かくて、心が落ち着く。

「私さ、会社の人とどうも馴染めなくて……楽しくないんだ、毎日」
「なにかされてるの?」
「ううん。イジメとかはないし、別に嫌われてるわけじゃない。みんないい人だし、仕事では同じチームメイトとして信頼してる。でも、見えない壁があるっていうか……その壁を、超えられないの」
 でも今思えば、会社だけじゃない。高校や大学だって仲のいい友達はいても、本当に心の底から信じ合えるような『親友』はいなかった。
 私が仲のいい友人には、常に私以上に仲のいい親友がいた。どれだけ多くの仲間や友達に囲まれていても、私はずっと孤独だった。

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