小説

『古びたゴール』大村恭子(『わがままな巨人』)

 私は何故庭で遊ぶのか、とさりげなく聞いてみたが、答えのようなものを言いながら、すぐに別の話題に切り替わってしまった。でも要は、ずっと遊んでいた近所の公園が取り壊されて遊び場を失っていたところ、空き家にバスケットゴールがあると思われて、溜まり場にされていたようだった。
「たっくんは何度もシュートを決められるのに、僕は一度も入れられないんだ」
 少年は寂しそうに言った。
「背が小さいからなんだって」
 背が小さい、か。そういえば、幸哉も同年代の子たちよりも背が小さかったっけ。そんな話をしている間に、町内放送の『夕やけ小やけ』が流れた。
「5時だ、帰んなきゃ」
 少年は慌てて座って居た椅子から立ち上がると、出口へと駆けていく。
「ありがとう、おじいちゃん。あと……勝手に入ってごめんなさい」
「待て」
 勝手に、私の口から言葉が零れた。私は、庭に置かれたままのバスケットボールを拾って、少年に渡した。
「また、練習しに来い。ゴールに入るまで」
 そう言うと、少年はびっくりしたような顔をした。
「ホントに? みんなも呼んでいい?」
 はしゃぐ少年の目はキラキラと輝いて見える。私はなんだか気恥ずかしくなって目を逸らし、うんと頷いた。

 それからというもの、子供達は遠慮もせず、毎日のように遊びに来た。
 私は不思議と、それを嫌だと感じなかった。むしろ、悪天候な日に子供達が来ないと、寂しくすら感じた。まるで永遠と続いていた長い冬が終わって、やっと春が来たような気持ちになった。

 子供達がバスケットボールに飽きると、私は時々、昔の遊びを教えてやったり、かつて息子や幸哉に読んでやった本の中身を話してやったりする。
 また時には、子供達にスーパーで買ってきた菓子をあげてみる事もある。
 こぞって食べる子供達に「うまいか」と聞くと、口々に「うまい」と言う。
 そうして、たばこを吸っている私を見て、子供達の方も「それって美味しいの?」と尋ねる。
「ああ、ものすごくうまい」
 私はそう答えた。

 そういえば、子供達が家にくるようになって、もうあの夢を見なくなった。その変わりに、縁側に座って庭で遊ぶ子供達を見てはあの、ゴールを決められない小さな子供ばかりを目で追ってしまう。どうやら私は、心のどこかで幸哉と少年を重ねてしまっているようだ。
 あの子が、ゴールを決められる事ができたらいいのに、と私は願った。

 そんな日々が続いて、だんだんと季節が移り代わろうとしたある日の事だった。ふと庭を見ると、あの小さな少年が一人で練習をしていた。
「他の子はどうした」
 そう聞くと、少年は言う。
「ねぇ、見て」

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