小説

『古びたゴール』大村恭子(『わがままな巨人』)

 その頃に流行っていたバスケットボール選手に憧れていた幸哉は、「大きくなったらバスケの選手になりたい」と言い出した。正直、その情熱がどれだけ長く続くかなんて期待していなかったが、近くのマンションに住んでいた幸哉が少しでも多く私の家に遊びに来てくれたらという思いで、奮発して買ってやったのだ。
 しかし、実際にこれで遊んだのは何回あったろうか。間も無くして、幸哉とその父親――私の息子は交通事故に巻きこまれて死んだ。
 まだ幸哉のバスケットボールの腕も上達する前だった。結局、あれでゴールを決められた回数は、手で数えられる程度しかなかったのではないだろうか。
 以来、あのゴールは目に入るだけで私を憂鬱な気持ちにさせる。だから、ずっと隠していたのに。あの子供達の事を思い出して、苛立ち、またたばこを手にとった。
 それからも何度も何度も、繰り返される夢。どうすればこの夢から解放されるのだろうと考えながら、1月ほどが経った。ちょうど通院の日、バス停から帰路を歩く私の耳に、またあの音が聞こえてきた。

 ダン、ダン……

 玄関に寄らずに真っ直ぐ庭へ回ると、そこではやはり、あの子供達がバスケットゴールで遊んでいた。張り紙は、雨風の為か、ボロボロになったテープだけを残して無くなってしまった。
「あっ」
 子供の一人が私に気付く。
「見つかった」
「逃げろ!」

 私を見るなり、転がるボールも拾わずに一目散に逃げる子供達。しかしそのうちの、一番背の小さな少年が転んだ。
「待って!」
 立ち上がるが、上手く歩けない。そんな少年に気づかずに、他の子供達は走り去ってしまった。
 どうしたものか、と私は悩んだ。二度も、勝手に庭に入られた事は腹立たしいが、膝をすりむいて動けないこの小さな少年一人だけに怒りをぶつける訳にもいかない。
 それよりも、とめどなく傷口から流れる血は、見ているだけで痛々しい。
「あんた。中、入れ」
 私が言うと、少年は怯えたように私を見上げた。
「カットバン、あるから」
 結局、自分でもよく分からないまま、私は少年を家に引き入れてしまった。

 傷の手当てをしている間、少年はよく喋った。
 友達のたっちゃんの事、担任の田中先生の事、飼っている犬のまりもの事。私にとってはどうでもいいような事を、休みもせずにぺらぺらと喋る。一つ一つの話に脈絡なんてない。

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