小説

『幻のお供』池田啓真(『桃太郎』)

 「俺は桃太郎。故あってあなたを尋ねた」
 「そうか。故とはなんだ?桃太郎」
 「俺と共に鬼ヶ島に赴き、鬼退治に協力してほしい」
 王亀はかすかに口角を上げる。
 「俺の力が必要か?」
 「不要だと?」
 王亀は首を少し傾げる。
 「ああ。桃太郎、お前に敵うものがいるだろうか?」
 「王亀。お前は俺に敵わないのか?」
 「敵わないだろう」
 「ほう。なぜ分かる?」
 「相対するだけで分かることは多い」
 「なるほど。だが俺はお前に敵うか、正直なところ確証がない」
 「そうか」
 「ああ」
 「では俺が保証しよう。俺はお前に敵わない。そしてお前に俺の力は必要ない」
 桃太郎は団子鼻に人差し指を当てる。
 「必要と言ったら?」
 「俺の意思によることになる」
 「ほう」
 王亀は肩についた水草を払った。
 「桃太郎。お前はなぜ鬼を退治するのだ?」
 「悪を懲らしめるためさ」
 「悪とはなんだろうか?鬼は悪か?」
 桃太郎は口角を上げる。
 「悪だ。ならず者たちだぞ?」
 「見たのか?そのものたちの悪行を」
 「必要か?」
 王亀は腕を組む。
 「ではお前は善と悪をどう区別するのだ?」
 「人を危ぶむか、助けるかだ」
 「それは誰の判断によるものだ?」
 「俺だ」
 「ではお前はなぜそのものたちをならず者と判断したのだ?」
 「事実があるからだ」
 「事実とは何だ?」
 「起きたことだ」
 「起きたかどうか分かるのか?己の目で見る以外に」
 「……」桃太郎は言葉に詰まる。
 「もう一度問おう。桃太郎。お前はなぜ鬼を退治するのだ?」
 「……何を聞きたいのだ?」
 「お前が足を運ぶ理由だ。その足の向かう先の分からぬものと、歩を共にすることはできない」
 「何と答えればお前は歩を共にする?」
 「それは分からない」
 桃太郎は笑って寝転がる。

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