小説

『あやかしシェアハウス』世原久子(『遠野物語 オクナイサマの田植』)

 葵は頭を抱えた。これは現実なのか、本当に私の頭がおかしくなっているのか。
「わかった。もういいわ」
 顔を上げると女の子が再びちょこんと座っていた。
「……これまで仕事を手伝ってくれてありがとう。でも、自分のことは自分でやるから大丈夫よ。あなたは自分のしたいことをして」
「……それでは、家事をお手伝いします」
 そういうことじゃないんだけど、と葵が言葉を探しているうちにこけしはちらりとスイートポテトを見やり、そっとひとかけら口に運んだ。フォークの使い方も知っているらしい。
「……おいしい」
 ずっと無表情だったこけしの顔がぱっと明るくなる。その様子は幼い子供のそれだった。葵は思わずふっと笑ってしまい、ごまかすように「もう一個あるよ」と自分の分を差し出した。

 どたばたと始まったこけしとの共同生活は、思いのほか葵の心を弾ませた。家事を二人で分担できるうえに、疲れたときになにげない雑談ができる。それがこんなに気を楽にするものだとは知らなかった。
「葵さん、お風呂いれておきました」
「ありがとう、ちょうど入りたかったところ」
 こけしは葵の様子をそっと見守っているようで、必要なときだけ姿を現した。この部屋にも思い入れがあるようで、隅から隅まできれいに掃除をしてくれる。気遣いの細やかさに、こんな人と結婚したい……なんてとんちんかんなことを葵は思う。風呂が沸くまで、二人で夕飯のデザートにスイートポテトを食べた。
「おいしいです」
 最初に食べてからすっかり気に入ったようで、食卓に出すと嬉しそうに口に運ぶ。
「よかった」
「達夫さんが食べているご飯も、いつもおいしそうでした」
「けっこう食いしん坊だよね」
「そ、そんなことないです……」
「もしかして、これまでもこっそりうちのお菓子食べてたりしてた……?」
 キッチンにこけしが落ちていたことを思い出しながら葵が詰め寄る。こけしは顔を赤らめて、慌てて謝罪の言葉を口にする。
「冗談。別にいいよ。ちょっとだけでしょ、気がつかなかったもん」
「……ごめんなさい」
「仕事手伝ってくれてたんだし、給料がわり」
 安心したようにこけしが微笑む。一緒に暮らすうちにいろんな面が見えてきて、だんだん愛着がわいてきてしまっていた。
「……ねえ、こけしはずっとそうやって……生きていられるの?」
「どうなんでしょう。おそらく、私はこの部屋についているので、ここにいる限りは動けるはずです」
「そうなんだ」

1 2 3 4