小説

『毒入りリンゴを手に持って』小山ラム子(『白雪姫』)

 いつもなんでもお見通しのような顔をしている響子のめずらしい姿。ぽかん、とした間の抜けた表情。
「それ今さら答える必要ある?」
 一夏は思わずふき出してしまった。間抜けなのは自分のほうだ。
「ううん。答えなくていいよ」
 いつの間にか毒リンゴはきれいさっぱり消えていた。

「青山先輩」
 お昼休み。生徒会室に向かう途中で名前を呼ばれ、一夏は振り返る。きっと自分が呼ばれているのではなかったとしても振り返っていただろう。城崎雪乃は声までもが完璧である。
 よくこの子に勝てたな、とミスコンから一週間たった今でも思う。
「どうしたの? 一人?」
「一人のときくらいあります」
 むっとした声。「しまった」と思うがもう遅い。
『周りが自分のために動くのが当たり前って思ってる城崎さんよりも自分で動ける一夏先輩』
城崎さんは言われたことを思ったよりも気にしているのかもしれない。
 謝ったほうがいいかそれとも流したほうがいいかを考えていると城崎さんのほうが先に口を開いた。
「わたし、青山先輩がうらやましいです」
「はい?」
「強いとか一人でも平気だって思われてて」
 おおきな瞳の奥に見える黒い炎。見覚えがあった。
「なんだ」
 思わず口からこぼれでた。城崎さんはいぶかしげに一夏を見ていた。
 いいや。言ってしまおう。
 一夏は城崎さんに自分を重ねていた。
「わたしは強くもないし一人で平気でもないよ。努力してつくってたの。でもね、今回のミスコンで今まで応援してくれてた人達が正反対の理由で城崎さんに鞍替えしてさ。城崎さんがうらやましかった。くやしかった」
 城崎さんの瞳の炎がゆらぐ。
「だったらなんで……」
 城崎さんの言葉は最後まで紡がれなかった。だけど一夏には分かった。そしてどれだけ自分のことしか考えていなかったのかも。
 自分は今でも偽善者だ。
「ごめん。わたしクラスのこと優先したんだ。わたし派と城崎さん派でわかれちゃってギスギスしてて。だから率先してわたしがミスコンのこと気にしないように振舞ったんだ」
 それがむしろ票につながったのは、「やっぱり一夏にしたわ」と多くの人が投票後に報告してきたことで知った。
 だけど城崎さんにしてみればどうだったであろうか。自分なんか相手にされていない。そう思ったのではないか。
「なんで先輩は三年生なんですか」
 返ってきたのは予想していなかった反応だった。
「もう勝てないじゃないですか!」
 ゆらいだ炎が黒色から赤色に変わっている。
「城崎さんってかわいいね」
「知ってます!」
 堂々とした返事に一夏が笑うと、つられたように城崎さんも笑った。ポスターで描かれた完璧な微笑みよりもずっと美しい笑顔であった。

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