小説

『毒入りリンゴを手に持って』小山ラム子(『白雪姫』)

 ソファーにもたれていた響子が身を起こす。そのまま真っ直ぐと一夏を見つめた。
「去年まではさ、みんな楽しんでたじゃん。でも今年はギスギスしてる」
 直接言われた言葉。廊下で耳にした言葉。学校の掲示板に書かれていた言葉。
『こびてる城崎さんよりもかっこいい一夏先輩』
『いい子ぶってる城崎さんよりもさっぱりしている一夏先輩』
『周りが自分のために動くのが当たり前って思ってる城崎さんよりも自分で動ける一夏先輩』
「城崎さんに負けてほしいからわたしを応援してるって感じに抵抗あって。あとさ、わたし最初は自分の成長のためにと思ってミスコンでるの決めたじゃん。でも自分以外のみんなが楽しんでくれてるのもすごくうれしかった。だけど今年はクラスもばらばらで」
 一夏を応援することで一致団結していた去年とちがい、今年は一夏派と城崎さん派に分かれてしまっている。特に城崎さんに票をいれると公言した男子への風当たりが強い。男子は男子で「誰にいれるのかなんて自由だろ」と怒っている。クラスが分断されてしまっている現状が一夏はとても悲しかった。
「合唱やクラス制作まで雰囲気悪くなっちゃってさ。すごくいやだ。こんなことになるなら出なきゃよかった。城崎さん不戦勝にすればよかった」
 響子はさっきからずっと黙っていた。透き通った瞳が一夏を映し出している。
「やだなあ。本当にやだ」
 視界がゆらぐ。自分の声が涙声になって耳に届く。
「わたし、自分が応援されなくなったのがくやしいだけだ。城崎さんが憎いだけだ」
 しん、と部屋が静まり返る。コップに入った氷がとけてカラン、と鳴った。
 言ってしまった。
気まずい思いで一夏は麦茶を一気に飲み干した。
「だって女王だもん」
 ぽつり、と呟くように響子が言う。響子の瞳は相変わらず透明だ。
「女王は白雪姫に嫉妬するんだよ」
 ポスターのイラストを思い出す。あれはよくできていた。何枚か盗まれる被害がでたくらいだ。
「でも一夏は魔女にはならない」
「なにそれ。女王も魔女も一緒じゃん」
「一夏は毒リンゴをわたしたりはしないでしょ」
 遠くからセミの声が聞こえる。文化祭、つまりミスコンまではあと一か月。
「わたし、これからはミスコンよりもクラスのほうに力いれる」
「ん。一夏がそう決めたんなら応援するよ」
 中学三年生のミスコン。自分が票をいれる決め手となった響子の言葉。
『あの子委員会一緒になったことあるけどすごく感じよかったよ』
 もしかしたら自分はうらやましかったのかもしれない。響子にそんな風に言ってもらえたあの子のことが。
「響子はさ、ミスコンにふさわしいのはどっちだと思う?」
「へ?」

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