小説

『リベンジするほどパッションはない』もりまりこ(『ブレーメンの音楽隊』)

 もらった時は、澪とよかったね、今年は何色かなとかって言っていつか植えようねって、いってるうちに日々は過ぎて、澪は栞の彼の八雲にころされてしまったから、これはこのままこのなかでしわしわの表皮をさらしていた。
 ふじみは興味がなかったのか、それらをただ指でそっとわけただけだった。
 種つながりでアボカドの種がいくつも重なっているのを目にして、ふじみは笑った。
 え? もしかして声がでるんじゃないかっていう笑い声に似た喉の音だった。
<みお、アボカドがすきでしたよ。サンドイッチもチップスも>
 すきでしたよ。っていう思い出を辿る割には、とてもたんたんとしたフラットな音の連なりだった。
 ふじみは、それをそっと掌のなかに収めた。慈しむようにゆらりと握った。
 まるで、それはてのひらで転がせそうな種たちの時間を奪わないように、居場所ぐらいは整えてあげなければと、そんな気持ちが流れているようなふじみの仕草だった。
 アボカドの種は、ふじみのてのひらで空気にさらされてフローリングに転がった。
 栞は、柿の種を入れたりしていたぽっこりとしたお皿をふじみにさしだした。
<ありがとう。あそこにうえましょう>
 そう聞こえた。あそこにっていったとき、ふじみの長すぎる腕がベランダの向こうを指していることはわかった。
 問いかけない時間。そういうことも必要だと、ふじみと出会ってから間もない今まで、栞が学習したことだった。

 ふいに途切れたみたいに口笛が止まった。
 咳払いみたいな喉が掠れた時に誰もがする、えへんみたいな音を立てた。
 栞はなにか飲みますか? って訊ねたら<お水だけください>って答えが返って来た。
 キッチンに行くとミネラルウォーターを、さっきから音を立てていたあずき色のマグカップを洗いなおして注ぐ。どうぞと差し出したらていねいにマグを包むようにしてふじみは飲んだ。その仕草が澪とそっくりで背中に凍ったものが走り抜けた。
 飲み終えると<ごちそうさま>と言うやいなや、
 ミネラルウォーターで濡れた唇で口笛を吹きながら、ふじみがわらった。
 わらったその刹那、<おねがいがあります>とかしこまった口笛を吹いた。
 居住まいをただしたような音だったので、栞は緊張した。なんですか? って聞き返すと、あの森へいっしょについてきてほしいんですと、長い袖をまっすぐ伸ばしてベランダの方へと指をさした。

 ふじみが、栞の肩にすこし手を当てて、呼吸を促している。
 十分、こもりすぎたせいか、外への世界を知ることはそんなに厄介なことでもないようななかばやぶれかぶれな気持ちにもなっていた。ひとりだったら無理だったかもしれないけれど、ふじみがそばに居るせいで、それが容易なことのように思えて靴を履いた。

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