小説

『机の裏の銀河』柿沼雅美(『片すみにかがむ死の影』)

 私は最初からルームにはいなかったかのようにそっと退室ボタンをクリックした。
 誰も映らない誰も何も言わなくなった画面をぼんやり見つめながら、あははうふふというえみりんごの声を思い出していた。
 懐かしい。
 羨ましい。
 かつては私も同じだった。ウサギやクマの人形を動かしてはたくさんの会話をした。2階建ての赤い屋根の大きなおうちを買って、テーブル、イス、キッチン、広いベッドを揃えた。特に考えこまなくても家族をつくって、赤ちゃんができて、新しいベビーカーを買った。庭にはブランコを建てて、6人が乗れる車を玄関のそばに停めた。
 それは私の世界だった。
 いつのまにか私は絶望した。
 押し入れには友達が寝泊まりしないことが分かって、ポケットから道具を出すことも出来ずに、ドアを開けてもどこにも行けなかった。
 机の引き出しはどこにも繋がっていなくて、必死で机の裏を探した。
 思い立って今もしゃがんで机の裏側を覗く。
 パソコンのコード、スマホの充電器のコード、加湿器のコード、テレビのコード、デスクライトのコード、色々なコードがコンセントタップから伸びていて、長いコードたちがブラックホールのように渦巻いていた。
 真っ黒い夜が広がっていた。得体のしれない銀河が私に迫って来る。
  重き夜の
  深き眠りややさめて
  青白き暁光の
  宇宙の一端に生るれば
  死はいずこかの片すみにかがまりて
  ひややかに見にくき姿をかくす
  死のひそむ宇宙の一隅は
  永劫にもだしあざ笑い
  大鎌の偉大なる閃きは
  夜々毎に生れ返り生き変りて
  地熱のとどろきと
  創造の力とには向いて戦う
  同僚の誰も見ようとはしない、えみりんごはわざと見ないようにしている、おそらくソレがしゃべりかけてくる。
  私を見守っている
  おどり狂う
  嘲笑う
 少しでも気を抜くと、吸い込まれてしまう。社会か、生か、死か、誰かの頭の中か、ネットワークか、自分の心か。気力をそぎ落とされるたびに私は、誰かは、踏みとどまって来た。今ここでくたばるわけにはいかない。
 夜のたびに生まれ変わり生き変わり、地熱のとどろきと、創造の力に、夜の銀河に、私は、私たちは、向いて戦う。

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