小説

『机の裏の銀河』柿沼雅美(『片すみにかがむ死の影』)

 また先輩から連絡が来たらイヤなので、えみりんごに、キティさんとのお話みんなに聞かれちゃってるよ~画面切りなよ~、と送った。
 返事が来る前に私も見てみたいという興味のままに、いつも使っている会議用URLからオンラインルームに入室した。参加人数は16人となっていて、部署のほとんどが黙って閲覧しているようだった。律儀にみんなミュートをしているのか、えみりんご以外の声や物音は聴こえない。
 えみりんごは姿を映さないまでも、明らかにキティさんとしゃべっていた。
「ねぇねぇ私おかしいと思うの~ん」
「どうしたのえみりんご、わたしがなんでも相談にのるよ。子供の頃からずっとそうしてきたじゃない。わたしのほうがカワイイけど年上なんだから」
「うふふ、そうなんだよね、お姉ちゃん」
 優しい姉との会話と思いきやこれがキャラクターとの会話となるとただの一人二役である。でもおもしろい。
「こないだテレワークの合間にユーチューブ見てたらね、新しいリップとマスカラをおすすめしててね、ネットの記事にもなってたからいいなぁと思って買ってみたんだけどね」
「え、えみりんご買っちゃったの? マスクするからリップは必要ないと思うよ」
「もぉ、なに言ってるの。こういう時だからみんなよりオシャレでかわいくいるのが大事なんだよ、も~分かってないなぁ、ぷんすか」
 ぷんすかを声に出す子をはじめて見た。でも、えみりんごだとなんの違和感もない。
「でもねでもね、使ってみたらいまいちだったのぉ。全然ティントじゃないしね、マスカラも上がらないの」
「そうなんだ~、せっかく買ったのに残念だったねえみりんご」
「そうなの~。でね、私気づいちゃったの!聞いてくれる?」
「もちろんよ!」
「新商品なのに発売前に動画を作っていてね、それってどう考えても商品提供されてるじゃん?」
「たしかにそうね」
「そんなの信じられる? タダでもらってコレいいよねぇって言ってる人を見て、いいんだ、と思ってお金出して買っちゃうの、なんかバカみたい」
「うふふ、えみりんごバカみたい~」
「も~、ぷんぷんだよ」
 ふたりは、というかえみりんごは、テンポよく会話をしながら、あははうふふと楽しそうにしている。
 えへへへ~とだらしなく笑ったあとでえみりんごが退室した。
 すぐに男性の先輩のミュートが消え、やっべぇ、と言って笑いだした。次々とみんなのミュートが解除され、やっばいやっばい、なにあれ超うける、かわいいっちゃかわいいけどキツイ、今年30っしょ? やばいですよね、オンラインあるあるですよねぇ、と声が重なる。

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