小説

『出雲での出会い』岩﨑奈美(『出雲神話』)

「ぼくは、うそをついてひどい目にあったことがあるんだけれどね、ご主人様に助けてもらったんだ。それから心を入れかえて、月で一生懸命お餅をつくようになったんだよ。月にいっぱいお餅を食べさせてあげると月が明るく輝いて、地球の人たちが笑顔になるのが嬉しいんだ。だけど、ちょっと月とけんかしちゃってね。」
 冬の寒さも和らいできたころ、うさぎは空を見上げて、
「ぼくはそろそろ自分の月に帰ることにするよ。地球はとっても楽しかったよ。ありがとう。海の波に乗って帰るよ。」
 と言いました。みな子は、うさぎをポケットに入れて、神戸の海沿いの公園まで行きました。すると、一緒に働いている男性に偶然出会いました。
「みな子さんも、海に沈む夕日を見に来たんですか?実は、僕、みな子さんが一生懸命お仕事する姿を尊敬していて。よかったら、お付き合いしてくれませんか?」
 みな子は、突然告白されて戸惑いましたが、みな子も真面目な彼に好意を抱いていたので、
「嬉しいわ。ぜひ。」
 と答えました。男性は嬉しそうです。微笑みながら海を眺める姿が夕日に浮かび上がり、みな子ははっと息を呑みました。以前助けたサーファーの青年の横顔にそっくりに見えたからです。しかもよく見ると、あの時背中に巻いてあげたスカーフと、まったく同じ赤色のスカーフを首に巻いているではありませんか。みな子は、不思議な気持ちになって、ポケットの中のうさぎをそっとのぞきました。すると、うさぎは片目をつぶってウインクすると、ピョン、とポケットから飛び出して、長い耳の穴から丸いお餅型の舟を取り出すと、海へとこぎ出しました。そして、波間に消えていってしまいました。
 みな子は今晩も、幸せな気持ちで、丸々とした満月を男性と一緒に眺めています。

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