小説

『カレーか不倫』真銅ひろし(『ロミオとジュリエット』)

直ぐには答えが出て来なかった。恋をしてはいけない相手に恋をする恋愛劇で『あなたはどうしてもロミオなの?』という有名なセリフくらいしか知らないし、最後は曖昧だ。
「なんだっけ?ロミオが死んじゃうんだっけ?」
「ぶー。禁断の恋をしたロミオとジュリエットは2人とも死んじゃうの。しかも自分で命を絶つのよ。」
「・・・そうなんだ。」
「言いたい事分かるでしょ。」
「止めとけって事?」
「そう。恋をしてはいけない相手に恋をしてしまった結果がこれ。隠れてする恋なんて盛り上がるに決まってるし、やましい事って興奮するじゃない。だけどそんな状態で突っ走る関係なんて絶対長続きしないし、なんの問題もなく2人が結ばれる事なんて絶対にない。」
「・・・。」
「それでもその直人さんと一緒にいたいと思うなら、それはそれで仕方がないと思うけど。まぁロミオとジュリエットは2人とも死んじゃったけどね。心中する覚悟があればいいんじゃない。」
「・・・。」
「ここら辺が丁度いいんじゃない?家庭か一時のロマンスか?どっちを取るか、少し考えれば誰だって分かりそうな事でしょ。」
「・・・うん。」
「旦那と出会う前に出会いたかったなんて甘っちょろい事は言わないでよ。」
「・・・はい。」
すっかり意気消沈してしまった。返す言葉が見当たらない。『心中する覚悟』なんて全く考えた事なかった。

自宅の玄関を開けると奥からカレーの匂いがした。リビングに行くと夫と息子がキッチンに立っていた。
「あ、お帰り。」
「もうお父さん、帰って来ちゃったじゃん!」
 そう言って夫と息子がキッチンをガチャガチャとだいぶ散らかしている。
「何してんの?」
「いや、帰ってくるまでにカレーでも作ろうって話になってさ。」
 夫は恥ずかしそうに答える。
「お父さん料理全然出来ないんだもん。」
「だから出来ないって最初に言っただろ。」
「だって驚かそうと思ったんだもん。」
「いいからお前は洗い物やってくれ。」
「お母さん、もうすぐ出来るから座って待ってて。」
 息子がキッチンテーブルに座るよう促す。
「ごめんな。慣れてなくてさ、だいぶキッチンが荒れてしまった。」
「そんなの構わないけど・・・。」
「何か飲む?」
「・・・じゃあ、お水。」
「純一、お母さんにお水。」
「はい!」
 純一はコップを両手で持ち、丁寧にテーブルの上に置いて「ごゆっくりどうぞ」と一礼した。どこかのレストランの真似をしているのだろうか、その姿はとても微笑ましかった。
「ねぇ、本当に手伝わなくて大丈夫?」
「大丈夫、もう出来る。」
「じゃあ、ちょっと着替えてくるね。」
 立ち上がり、クローゼットのある寝室に向かう。
「・・・。」
 着替えている最中もキッチンから夫と子供の言い合う声が聞こえた。思わず笑ってしまった。
『家庭か、一時のロマンスか』美香の言葉が頭をよぎる。
「・・・。」
 答えは簡単なのかもしれない。
「手伝うか。」
 フッと息を吐き、リビングへと向かった。

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