小説

『マスク売りのおっさん』室市雅則(『マッチ売りの少女』)

 全部売れるまで頑張れって言われたけど、こりゃ無理だよ。寒いし。もう一枚、マスクを使おうかな。二重にすればもっと暖かいかもしれない。

 大正解。二重マスク最高。顔は十分なんだけど、頭が寒いな。
 被ってみるか。
 どうせ誰も歩いていないし。
 このゴム、頭まで伸びるかな。
 お、大丈夫だ。あったけえ。この素材で帽子作ったら最高だろうな。提案書作ろうかな。
「お兄さん、何してんのぉ?」
「あ、どうも。マスクいかがっすか?」
 元美人って感じのお姉さん。いや、今も綺麗なんだけど。俺と年齢あんまり変わらなそう。じゃあ、転校してしまった友理子ちゃんも元美人とか思われているのかな。いや、友理子ちゃんは今も美人なはずだよ。きっと。てか、このお姉さん、百パー酔っているな。足元ふらふらじゃん。
「なんでマスク被ってんの? ウケるんですけど」
「寒いんで」
「今日、彼氏に振られてさ。彼女できたんだって。マジ、ウケるっしょ?」
「は、はあ」
「あたしだってさ」
 目がすわり始めた。怖い。
「で、売れた? マスク」
「全然です」
 これは……
 買ってくれる流れでは……
 フラフラでこっちに来る……
 覗き込むように下を向いたぞ……
「オエッ」
「あー!」
「飲み過ぎかなぁ。帰るね」
「……お気をつけて」
 勘弁してくれよ。吐くなよ。ティッシュなんてないし……。マスクしか……。仕方がない。これ何色だよ、何食ったんだよ。お、でも全く匂わない。マスクのおかげか。試しに取ってみよう。くさっ。このマスク凄いな。匂いを完全シャットアウト。素晴らしい。

 よし、綺麗になった。匂いもしない。こいつはビニールに入れておいて……。嫌だ。マスクとこれを持って帰るのは……。でも仕方がないか……。あんまり目立たないように、段ボールの後ろに隠しておこう。

 おお、寒い。そろそろ帰ろうかな。
 口も頭もマスクで覆った奴から何かを買おうなんて思わないよな。でも、もう少し時間潰さないと課長から嫌み言われるぞ。
 それにしても、マスクで覆っていない部分以外が寒い。あ、そうだ。全部、マスクで覆えば良いんだ。善は急げ。

 あったけえ。
 両耳と両目もマスクでカバーされて温もり十分。問題なのは、何にも聞こえないことと、何にも見えないことくらい。耳なし芳一に差し入れしてあげたいよ。
 さて、あと少しだけ頑張るか。

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