小説

『生者の書』裏木戸夕暮(『死者の書』)

 若い医師と先輩の声が同調する。
「やっぱり先生は、追い詰められると良い作品が出来る!特にこの書体は素晴らしい!漢字の一覧表を持って来ますから書いて下さい。絶対売れますって!いやあ、絵の方もいいなぁ。病院にお願いして保存してもらいましょう。壁を削ってアトリエに持ち帰るか・・」
「いっそこの部屋をギャラリーとして開放出来ませんかね」
 先輩が話に乗っかる。マネージャーも
「いいですねぇ!後ほど院長先生とご相談を」
 傍らで聞いていた書道家も呆れ返り、
「き、貴様ら鬼か!人の不幸を何だと思っとるんだ!」
「何を仰る。先生の今後を考えてのことじゃないですか。全財産失ったんですよ?また稼いでいただかないと」
 マネージャーの目が円マークにしか見えない。若い医師は若干の同情心を抱きつつ書道家に近づいた。
「あの、お体に障りますから、ベッドへ・・」
 書道家は泣いていた。悔し泣きだろう。
「う、うう・・・何故、何故儂を生かしたんです・・・こんな事になるならいっそ・・・」
「さぁ、肩に掴まって」
 その優しい腕を振り払って、またも書道家は暴れ出した。
「クッソおおおおおおお、勝手に延命なんかしやがってぇ!死なせろ、いっそ死なせろーーーー!」
 先輩医師が困り顔で言う。
「そうは言っても貴方、星5つですから。安楽死を希望するには高額な費用を納めないと認可が下りませんよ。今、お金無いんですよね?」
 マネージャーも追い討ちを掛ける。
「そうですよ先生。安らかに死ぬには稼がなきゃ」
「普通に死なせろやぁぁぁ!!」
 偉い芸術家がフンドシ振り乱して叫んでいる。若い医師が突っ立っている横で先輩が囁く。
「・・・まぁね。簡単に死なせやしないんだけど。まだ7回だし。延命の世界記録って、13回なんだよね・・・」
「せ、先輩?」
「ホラ。記録作っておけばさぁ。死ぬ時何かと有利かなって」
 マネージャーは独り言を呟く。
「えぇと、この書体で一稼ぎしてもらってと。先生はプレッシャー与えると燃えるタイプだからな。何処かでまた、ろくでもない女を探してくるか・・・」
 スーツ姿の尻に、先が鉤になった尻尾が見える。
「死なせろぉ、とっとと死なせろぉーーーーー!」
 義足を操りながら敏捷に跳ね回り、魂の叫びを筆に込め壁に叩きつける。本人には申し訳ないが、まだまだ死にそうにない。その書体は制作者の心境とは裏腹に生命力に溢れ、素人が見ても心が打たれる迫力がある。芸術とはそういうものか。
 半裸姿を墨と怨念に染める書道家。金と欲にまみれたマネージャーと先輩医師。
 白衣に飛び散る墨汁を眺めながら、若い医師は自らを省みる。

(え、俺、どうしたらいいんだよ。人を助けたくて医師になったのに。自分が助けた患者の姿がこれって、どうなんだよ俺・・・)
 無論、延命されて涙を流して喜ぶ患者も居る。この子を助けてと土下座をする親も、共に生きようと難病の患者に寄り添う伴侶も居る。俺の出す答えは・・・

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