小説

『夜空の月』吉岡幸一(『かぐや姫』)

 医者の言葉にほっとしたのか、医者がいなくなると、敏江は「眠たい」といって瞼を閉じました。
「明日の朝迎えにくるから」と言い残して、姫子は和也と病院を後にしました。
 ふたたび二人は姫子のマンションの前まできました。入口の横には敏江が倒れたときに放り投げられた薔薇の花束がそのまま置かれていました。まるでふたりが戻ってくるのを待っていたかのようでした。
「姫子さん……」
 和也は言いたい事があるのになかなか言葉にならないようでした。拾った薔薇の花束を両手で差し出すと「ぼくと結婚してください」と言いました。こんなときにというよりも、こんなときだからこそ、と和也は考えているような強いまなざしをしていました。
 姫子は考える素振りをみせることもなく「はい」と、答えて二度目のプロポーズを受け入れました。和也のまなざしに負けないくらい強いまなざしを姫子は返していました。
 問題がなにひとつ解決をしていないことなどわかってしました。和也にしてもわかっていて、そのうえで二度目のプロポーズをしたに違いありません。
 姫子と和也と敏江の三人が納得できるような都合のよい解決策など見つからないのかもしれません。三人が三人とも望むような未来を得られないかもしれません。もしかしたら考える時間すらないのかもしれません。それでもふたりは結婚をしようと思ったのです。理屈を抜きに愛情の力を信じることにしたのでした。
 見上げれば月は一度も雲に隠れることなく輝き続けていました。夜空の月はずっとふたりを照らし続けていたのでした。

1 2 3 4 5