小説

『カルテット』千田義行(『ブレーメンの音楽隊』)

 私が4人から連絡を受けたのは、今年の1月から7月に至るまでの約半年余りのうちなので、あらためて唐突かつ立て続けだったことが分かる。
 それぞれの文面は、あるものはあまりに急速で、あるものはきわめて陽気で、またあるものは非常に抒情的だった。一見すると懐かしさだけでただ見過ごしてしまいそうなものもあった。
 話は変わるが、ベートーヴェンの弦楽4重奏曲第13番は宇宙を駆け巡っている。
いや話を煙に巻く意図はない。回りくどい言い方は私の職業柄だと思ってどうかご容赦願いたい。この曲の第5楽章通称〈カヴァティーナ〉は、地球外知的生命体へのメッセージとして宇宙探査船ボイジャーに積まれ、今も実際、宇宙を巡っているのだ。
 なにを言いたいのかというと、これを聞いた地球外知的生命体は、このゆるやかなそれでいて感情豊かな旋律をはたして、美しくもはかないただの溜息ととらえるのか、それとも宇宙の片隅で顧みられることもない辺境の民からのSOSととらえるのか、どっちなのだろう、ということだ。
 前置きが長くなってしまったが、私が今日ここに来る理由となった4人からの手紙や、メールの内容をまずは簡単に――簡単になど決して言えるものではないのだろうが――記してみたいと思う。
 一人目は、才能のないボクサーだ。

 ひとは自分を買い被る。徐々に糊塗する。次第に幻滅する。そして失望する。
 彼がプロライセンスを取得したのは、5年前というから年齢でいうと25才ほど。なにを思ってそうしたのかは知る由もないが、デビューには遅い年齢だろう。デビュー戦は負け、次も負け、その次も負けた。ジムのトレーナーは彼が本気でやっていないと判断をして、滅多に試合を組んでくれなくなった。それでも彼は、今もまだボクシングを続けているそうだ。
 ジムの面々からは、ロバの様だと罵倒されるらしい。後輩に負けてもへらへらしているのがのらりくらりのロバの様だということらしい。照れ隠しなのか、余裕を装っているのか、自分でも無意識に笑顔を作ってしまうのだそうだ。
 悔しい、と彼は綴った。辛い、ともあった。
 練習は怠らず、食事制限も厭わない。言われたメニューはしっかりこなすし、人知れず走り込んでもいる。
 つい先日、「あんた向いてないよ」とプロテスト前の15才に言われたそうだ。スパーリングでその子に勝ったことも一度もないという。
 『才能の無い人間は、好きなことを続けることも許されないんでしょうか』
 と書いた彼のメールの語尾には絵文字が、テヘヘと笑っていた。

 人はいつの時代も安定を求めて日々をやり過ごそうとする。しかし、安定の意味は人によって時によって場所によって違うだろう。
 彼女にとっての安定とは、公務員という職業だった。

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