小説

『竜宮城は海の底』月山(『浦島太郎』)

 乙姫の悲しみを癒やすように、そして哀れな人間を悼むように、鯛やヒラメが静かに舞い踊りました。

 さて。
 ご存じかもしれませんが、竜宮城のある海の底と地上では、時の流れが違うのです。
 どれだけ違うかと申しますと。
 たとえば、海底で亀と乙姫が少しの会話をしている間に。
 浦島太郎の魂は、天へと浮かび、輪廻転生を繰り返し、様々な姿になった後、またひとりの人間として、海辺に住むひとりの子供として、産まれ育っているのです。
 浦島が――ずっと昔に浦島太郎であった魂をもつ子供が。
 海で楽しく遊んでいると。
 ざぶりと、海面から亀が姿を現しました。
 亀だ。

 ああ、おれをころしたかめだ。

 頭に浮かんだ奇妙な憎悪を、子供はうまく認識できません。だって子供に亀を恨む気持ちはないのです。ない筈だったのです。亀に、その子供が初めて出会った亀に過去何をされた訳もないではないですか、いいえ、いいや俺は確かにこいつに殺されたのだ。
 こいつのせいだ。
 恨みを晴らすように、子供は、手近にあった棒きれを掴み振り上げました。

 

 ある男が散歩をしていると、海岸で子供が亀をいじめていました。
 何をしているんだ、やめなさい。男は子供を止め、かわいそうな亀を助けるのです。
 亀は感謝し、是非ともお礼をしたいと男に告げます。
「是非とも竜宮城へご招待したく思います」
 そうして亀は男を、海の底の竜宮城へ連れていくのでした。
 めでたし、めでたし。

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