小説

『恋花-koibanaー』高橋小唄(『鶴の恩返し』)

 私はあることを思い出した。「蓮に見せたいのがあるんだけど」
 私は蓮を無理やり連れて小道に入った。
 この道を少し行くと、誰が何の目的で作ったのかわからない緑のベンチがある。そこは私の特等席で、そこにある私の大好きなもの(、、、、、、、、、、、、、)を蓮にも見せたかったのだ。
 でも、蓮は途中で足を止めた。
「今日は遅いし今度にしよう」
 そして、引き返そうとした。まるで、この先に何か見たくないものでもあるかのように(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)。
「……そっか。そうだね」
 まさか明日になったらなくなるわけでもあるまい、とふざけて言おうとして止めた。代わりに彼の肩にもう一度顔をうずめた。
 蓮の、私の知らないその表情を見ていたくなかったから。

 依が蓮を駅の近くで見かけたと教えてくれたのは、それから二週間後だ。
 この二週間といえば、相変わらずセックスを一度もしないことや彼氏のことを良く知らない自分にようやく疑問を持ち始め、それは目を背けていたのと同じなのだけど、そろそろ気づかないふりはやめようと思い始めていた頃だった。
 だから、蓮が知らない女の子と手を繋いで歩いていたという話を聞いた時も、不思議とちょうどいいと思った。その晩、いつものようにご飯を作って待っていた蓮を目の前にしてもその気持ちは変わらなかった。食卓で蓮と向かい合った私は、
「わかんないんだけど、あなたのこと」
 と言った。
 その一言で、蓮は全てを察したようだった。神妙な面持ちを作った蓮の顔は、演技でも用意されていたものでもないと思う。その瞳には覚悟のようなものが宿っているようにみえた。やがて蓮は口を開いた。
「ごめん。ずっと隠してた」
「何を?」
「全部」
「……」
「本当のことを言うよ。多分、驚かないでっていうのは無理かもしれない」
 蓮は逡巡した顔つきになったが、やがて言った。「俺は花なんだ」
「……」
「俺の本当の姿は花で、茜に会うために人間に化けてきたんだ」
「ねえ、それはさすがに最低だよ」
 私は蓮を睨みつけた。
 すると、
「ベンチ」
 と蓮が呟いた。
 一瞬、空耳かと思った。蓮は続ける。
「茜はベンチの傍らに咲いていた花を、つまり俺をずっと見守ってくれていた」
 私は呆気にとられ何も言い返せないでいた。
 なぜ蓮が花のこと(、、、、)を知っているのか。
 その時思い出したのは、二週間前に彼とあの場所を訪れた時のことだった。

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