小説

『恋するオハナ』はやくもよいち(『とりかへばや物語』)

「身の丈八尺の偉丈夫だったのに。力を使い果たした末に、体も縮んでしまわれた」

空襲のせいで背丈が縮み、若々しかった見た目も一気に老け込んだという。
齢1300歳を超える大天狗は、失われた力を取り戻すため山へ籠ったそうだ。
だが背丈は元に戻らず、体も若返ることはなかった。
道すがら、亀は何度も、「おいたわしい」とくり返す。

天狗は俺を利用して、オハナを呼び出した。
亀に何を聞かされようと、俺にとっては恨めしい恋敵でしかない。
ありもしない約束の妄想を抱く、ストーカー老人だ。
奪った俺の体を使って何をするつもりかと思うと、いても立ってもいられなくなった。
「おろせ。俺は急いでるんだ。あいつが彼女に何をするか、知れたもんじゃない」
「天狗さまのお体だぞ。丁重にあつかえ」

分からず屋の亀と口論していると、いきなり背後から人の手につかまれた。

声をあげる暇もない。
強い手で胴体が締め付けられ、肺の空気が絞り出された。
よもや、天狗の仕業か。
俺を始末しにきたのか。
加減を知らぬ指の力に、あばら骨が軋む。
「やめろ、天狗。お前の体だぞ、乱暴に扱っていいのか」

無駄と知りつつも、振りほどこうと身をよじる。
ふいに力が弱まった。
「ごめんなさい、痛かった?」

予期せぬ女性の声に驚き、俺はバランスを崩して手から落ちた。
あやうく地面に激突するところを両手ですくい上げてくれたのは、天狗ではない。
八尋愛花だった。

彼女は俺を胸元まで持ち上げ、顔を近づけてきた。
花の香りが漂い、体が浮遊するような感覚が生じる。
体の痛みも忘れてしまいそうだった。
「清水くん、話を聞いてくれる? だまって最後まで聞くって約束して」

艶やかな唇が動き、低いささやき声と吐息が耳をくすぐる。
俺の頭はぼうっとなった。
同時に、心の中で警報が鳴った。
彼女は知っている! 俺と天狗が入れ替わったことを、知っている。

オハナは頬を薄紅色に染めていた。
眉をひそめた表情からは、彼女の一途さが伝わってくる。
天狗が語っていた、「約束がある」というのは、本当だったのか。
「わかった。話を聞く。だまって聞くから、すべて隠さずに話してくれ」

俺の中から怒りがすとんと抜け落ち、心に穴が出来た。

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