小説

『不思議の国の案内人』千崎真矢(『不思議の国のアリス』)

「本⽇は不思議の国観光にお付き合いくださりありがとうございました。貴⼥様の⼼に⼀
⽣残る思い出ができたのならこれ幸い」
 丁寧なお辞儀をしてツラツラと⾔葉を並べる道化師さん。動きたくないという私の意思を誰かが邪魔しているかのように⾜が勝⼿に動いた。暗闇の奥を進む。背後からはまだ道化師さんの声が聞こえてきていた。
「付き⼈はオレ、不思議の国の道化⼈、ジョーカーが務めさせていただきました。それではお嬢さん、⾟く苦しい先の⼈⽣この思い出が貴⼥の希望となりますように」
 その⾔葉を最後に私の意識はフッと途切れた。

 
「――さま。――えさま。お姉さま!」
 ⽿元でアリスの⼤きな声が聞こえて来て私はパチリと⽬を⾒開く。ずっと眠っていたのかしら。今までのあれそれは全部夢だったのかしら。きっとそうね。だって夢でもなければあんなに⼦供みたいな⾔動をしたりしなかったもの。
「どうしたのアリス」
「あのねあのね! 私、すっごい夢を⾒たの‼」
 ⽬をキラキラ輝かせ拙い⾔葉で⾃⾝の⾒たものの内容を話すアリス。どこかで聞いたような単語が⼊っていた気がするのは気のせいかしら。
――――そもそも私は、なんの夢を⾒ていたんだっけ。

 

『夢を⾒られるのも、覚えていられるのも、謳えるのも、全て⼦供の特権でさぁ。不条理なこの国をキラキラした⽬で⾒ていいのも⼦供だけ。なぜなら⼤⼈は――そもそも夢を視ることが赦されないんでね』

1 2 3 4 5