小説

『家を出る女』山崎ゆのひ(『チャタレイ夫人の恋人』)

雨音が細く聞こえる。
私はベッドに座り、夫の修一のスーツから出てきた紙片を丁寧にのばしていた。カード会社の「ご利用代金明細書」。オンラインサービスに登録していても、ボーナス分割払いやリボ払いの利用があると、明細書が送られてくることがある。面倒がって郵送停止の手続きをしなかったのだろう。
彼は高価なブランド物が好きだ。一度イタリア製の長袖ワイシャツの袖口に染みが付いたので、私が半袖シャツにリフォームしたことがあった。我ながらうまく仕上がったと思ったのだが、修一は眉をひそめた。
「バルバだぜ。イタリアの老舗ブランドを君なんかに台無しにされたくはなかったね」
クリーニング屋に染み抜きさせればよかったのに、と言って修一は二度とそのシャツを着なかった。
修一はスーツから私服から下着に至るまで、給料の大半を費やして自分の美学に叶ったものを揃える。一応大手勤務なので、専業主婦の私にもまあまあの生活費をくれる。それでも月末になると、預金の範囲では立ち回らなくなるのだろう。彼は欲しいものを我慢できない性分なのだ。何気なく明細を見た私は、ある記載に目を留めた。
品川のホテルのレストランと宿泊料が2回。カレンダーを見て、2回とも修一の仙台出張の日だと分かった。明細書を持つ手が震えた。
そのとき、パジャマ姿の修一が髪を拭きながら寝室に入ってきた。
「まだ寝てなかったのか」
「あなた、お聞きしたいことがあるの」
私は修一に明細書を差し出した。
「この4月に2回引き落とされてる、レストラン代とホテル代は何なの? 利用額からして2人分みたいだけど、この日は仙台に出張って言ってらしたわよね」
修一の顔色が変わる。
「それ、ポケットから?」
「そうよ」
「不愉快だな、こそこそと」
「ごまかさないで。どうして地方出張なのに都内のホテルにご宿泊なの?」
修一は一瞬苦悩に満ちた顔をしたが、開き直って言った。
「すまん……俺は、カツ丼が食べたかったんだ」
「はぁ!?」
「君は妻としては非の打ちどころがない。家事、娘の教育、俺の両親とも実に良くやってくれている。でも、男は無性にカツ丼をかっ込みたくなるときがあるんだよ」
「わけ分かんない。浮気を認めるのね。でも、それって、あなたの浮気の原因が私にあるってこと!?」
「そうかもしれない」
目から火柱が噴き出した。

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