小説

『妾になった男』和織(『青鬼の褌を洗う女』)

「意味のないことを一つ消してやるよ」
 僕は言った。
「え?何、突然」
「登にとって意味がなくても、僕にとってはずっと夢だったんだ」
 僕の言葉に、登は首を傾げた。あのときのような顔だった。そりゃ、わからないだろう。と、思った。わかる訳がない。わかろうとなんて、したことはないだろう。だって僕は登にとって、だたのバロメータなのだ。彼がこうして僕と会うのは、僕がまだあの頃と同じように自分を見ているのかどうか、それを確かめる為だ。自分の魅力が衰えていないかどうか、それを確認したいだけ。きっと、あんなにセンスのない告白をした奴が他にいなくて、こいつなら一生自分のおもちゃにできると、そう思ったのだろう。
「僕が一緒に死んでって言ったの、覚えてる?」
「え?・・・ああ、学生の頃?確か、教授と付き合い始めた頃だったよね?」
「そう。登、なんて答えたか覚えてる?」
「・・・さぁ」
「「死にたいなら止めない」って言ったんだ」僕は彼の手に触れた。「たとえ遊び相手でも、どこかで自分は特別だと思ってた。だから登が自分から離れていくのを繋ぎ止めようとしたんだ。とんだ勘違いだったけどね。初めから、登が僕の近くにいたことなんて一度もなかったんだから。特に意味のないことをしてるってわかってたって、離れられなかった。でも、終わりにしてあげるよ」
 登は何かを計るような顔で僕を見た。それは、彼が僕に初めて見せる顔だった。だから自分の顔も、今までとは違うのだろうと感じた。登が好きだ。気持ちは、どうにもできない。ずっとそうだ。それは変えられない。だから全て仕方がないと思っていた。でも、信子に「幸せになってほしい」と言われて、誰かのそういう言葉に、何かを感じた。感じた自分を、間違いじゃないと思った。登に会えなくなれば、きっと、後悔するだろう。でもその覚悟を決めて、僕は今日ここへ来たのだ。
「それで、夢が終わって、悦ちゃんはどうなるの?」
 僕は、触れていた手を掴んで引き寄せた。キスをして、席を立った。
「どうにもならないよ。ただ、夢が終わるだけ」
 そのくだらない夢が、ずっと僕の唯一の希望だった。愛する人に愛されないまま死んでいく男の夢。想いだけが綺麗に残って、男が死んだ後、やっとその人に届くという夢。でも、綺麗なものなんかもうどこにも残っていない。在るのは、往生際の悪い可能性だけ。教授がいなくなった後、あの空っぽな遊び人が遊びに遊びつくして、全部に飽き飽きして、世界にそっぽを向いて、何も持たずに、突然僕の前に現れる。そういう、馬鹿みたいな終わりが来る、可能性。

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