小説

『松明に込めた願い』吉村史年(『マッチ売りの少女』)

 バシッ! ヴィレムはいきなり、後頭部を殴られ、前のめりに倒れました。手にしていた壺は倒れ、バシャッと中から金貨があふれ出ました。
「この強欲ジジイ」
 声のする方をヴィレムが振り返ると、ギャンブル男ヴィシーの息子ピーテルでした。
「ピ、ピーテル? なぜこんな事を」
 ヴィレムは恐怖におののきながらも、わけを尋ねました。
「俺の親父は首を吊って死んだよ。お前が金を奪うから、貧乏に耐えられなくなったんだ。代わりにあんたの金を貰っていくぜ」
 若い男は、青白い顔にそばかすを浮かべ、不敵に笑っていました。
「何を言う、お前の親父はカードばかりしておったんじゃ。儂は金を貸して助けてやってたんじゃぞ」
 ヴィレムは、いわれなき責任を押し付けられ、怒りながら立ち上がろうとしました。だが、ピーテルは、老人を足蹴にして立たせないようにします。
「ふん。あんたみたいにけちな男は、良心を持っていないようだな。この金は勿体ないよ。これでも食らえ!」

 
 気がつくと、ヴィレムは畑の穴の前でうつ伏せに倒れていました。頭は血だらけで、手足は泥にまみれています。穴に入っていた壺は無くなってしまい、あたりを見ても、ピーテルが取り損なった金貨が一枚落ちていただけでした。
「ピーテルの奴をとっ捕まえて、金を取り戻さねば。だが奴は、家にはもう戻らんじゃろう」
 ふと地面を見ると、夜から降り始めた雪がいつの間にかうっすらと積もっており、足跡が山に向かって伸びていました。
「あいつは、山を越えて、隣の村に逃げたに違いない」
 悔しさと怒りを糧に杖をつき体を起こすと、足跡を辿りながら一歩また一歩と歩を進めたのでした。

 
 山奥深く入っていくと、雪についた足跡の上にまた雪が積もり、足跡が分かり辛くなりました。それでもヴィレムは、隣村までの方向に見当をつけ、懸命に木々の生い茂った場所を歩き続けました。ぜいぜいと息は切れ、足も重くなっていましたが、金を取り戻すという執念が彼を支えていました。しかし、いつの間にかヴィレムは足跡を見失ったばかりか、自分がどこにいるのさえ分からなくなりました。
 途方に暮れていると、遠くからカツンカツンと木を切っている音が聞こえてきました。
「こんな夜更けに、変じゃな。だが、道を聞けるのはありがたい」
 と、ヴィレムは音のする方向へと杖をついて行きました。
 一人の木こりが懸命に木を切っていました。ヴィレムは声をかけました。
「山を越えたいんじゃが」
「やめておけ。爺さんには無理だ」
 木こりが言うには、隣の村は遠く、山を越えるのは危険だというのです。ヴィレムは、事情を男に聞かせました。彼は同情しましたが、
「元の村に戻って出直したほうがいい」
 と、首を振るばかりです。
「そうだ。この松の枝を売ってやろう。これは神聖な木でな。夜中に切ると、願いが叶う木なんだ。マッチ売りの少女の話を知っているだろう? これでマッチを作って火を点けると欲しいものが浮かぶ。枝のまま松明にしても良い。きっと高く売れるだろう」

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