小説

『松明に込めた願い』吉村史年(『マッチ売りの少女』)

 金貸しであるヴィレムは、村人達から大変恐れられていました。彼は、貸したお金を必ず、どんな残酷な手段でも取り返すからです。
「さあ、サムエルさんよ。蒔いた種を刈り取る時がやってきたのじゃ。今日は儂らにとって楽しいクリスマスイブになるのお。儂は金を返してもらい、お前さんは借金が無くなってしまうんじゃ」
 白髪で、鋭い目をしたヴィレムは、サムエルの家の戸口に杖を支えに立って、笑っていました。
「ヴィレムさんや。来年の収穫まで待ってくれませんか? 今年は不作で、食うや食わずの生活なんじゃ。来年の夏には、立派な麦ができるんでな」
 痩せてボロをまとったサムエルは哀願しました。
「それはできない相談じゃ。あんたは去年もそうやって言い逃れたじゃないか。もう待てないね。家の中の物を預かっていくよ」
 そう言ってずかずかと家の中に入りましたが、何も目ぼしい物が見つかりません。
「では、これだけ貰っておくよ」
 と、一つの壺を持ち出しました。
「それは種籾じゃあ。頼む、それを持っていかれたら、来年植える麦が無くなるかもしれん」
 サムエルは、ヴィレムの足に縋りつきましたが、ヴィレムは、
「いい加減にしろ! 来年の種籾は、来年採ればいいじゃろうが。立派な麦ができるんじゃろ?」
 と、怒って、サムエルを杖で打ち付けました。  
「人でなし! 地獄に落ちろ」
 壺を抱え、杖をついて家から出て行ったヴィレムに、サムエルは大声で悪態をついたのでした。

 
 ぱちぱちと薪が火ではじける音を立て、ヴィレムの家の中は暖かでした。孫娘のソフィアは、台所に立っていました。そこへ壺を抱えたヴィレムが息を切らして帰ってきました。
「ソフィアや、今帰ったぞ。今日はちょっとしか金を回収できんかったわい」
 不機嫌な顔つきで、今夜の食事を尋ねました。
「兎のシチュー、もうすぐできるわ」
 ヴィレムは、木製の食卓の上を見渡しました。その上には、ラテン語の辞書と文法書が置かれていました。開かれたページを見ると、昨日から進んでいないようでした。
「ソフィア、ちょっとこっちに来んか!」
 台所で鍋を見ていたソフィアは、そそくさとお爺さんの元へ戻りました。ヴィレムの顔は、ますます不機嫌になりました。

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