小説

『爺捨山』鹿目勘六(『楢山節考』)

 そして今年の春に義男が、身の回りの物を整理して故郷に戻る時には、約束通り荷物の運搬を手伝い、一緒について来てくれた。そして思いの外に実家の掃除や畑の耕作等を手伝ってくれた。そのような豊かに義男は、目を瞠った。何も出来ないと思っていたが、不器用ながら逞しく作業を進めている。
お陰で義男が、覚悟していた以上に順調に故郷での生活の基盤は整備されて行った。
 しかし父は、息子のことが心配だ。東京へ戻って早く自分の新しい道を切り拓いて欲しいのだ。
 その義男に豊は、淡々と言った。
「気にするなよ。今まで部屋に籠りきりで何もしないと思っていたかも知れないが、会社時代の人に頼まれてシステム開発の仕事を請け負ってやっているんだ。今の時代、東京を離れても仕事は出来るし、此処でも俺に出来る地域に役立つ仕事をやってみたいな」
 義男は、驚いたように豊の顔を真っすぐに見て微笑んでいた。

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