小説

『雨にも負けない』洗い熊Q(『雨ニモマケズ』)

 しっかりと傘を盾突け飛ばされまいと踏ん張る。もう傘なんて捨ててしまった方が安全か?
 駄目だ、進めない。あの猫の様に吹っ飛ばされる。そう感じた時だ。
 浅子の背中に支える手が差し伸べられた。
 あのシーズー男だ。彼女の背中を力強く押してくれて、びくともしない安定感を与えてくれていた。

「なあ、お嬢さん。私は君が飛ばされそうだから支えている訳でない。君が前に進もうとしているから支えるんだ。慈悲なんてもんは稀に重圧にも変わる。君も、私も、前に進もうとする者だ。だからこそ支えられる。支えてくれてるとも思える。そうは思わんか? なあ、お嬢さん」

 不可解な人だと思っていたのに、今のその言葉は不思議と力強かった。
 進めないと思った風の壁。支えてくれる手と共に、浅子の歩が進んだ。
 一歩、一歩進む内。目指す先が明るくなっていると思えた。

「風に立ち向かうことを無謀と貶すな。風から逃げるのを臆病と叩くな。結果はどうであれだ。人の行為に無意味などない。認めてしまえば、何にしろ意義が有ると言う事だ。まあ、それに異議なく賛同とは強制はせんが……今は君は前に進もうとしている。私はちょいと押して上げようと思っただけ。何故って、私も前に進もうとしているからな」

 その時、背後にいて見えないシーズー男が笑って言う顔が浅子には想像できた。

 いつの間にか風は弱まっていた。雨も止み、ぶ厚かった雲間から日射しが差し込み始めている。
 明るい日射しのカーテン。雨で濡れた地面を、建物を、目の前に進むべきを道をきらきらと輝き照らす。
 眩い煌めきの景色の中で、今間で喋っていたシーズー男は光の中へひっそりと、消えていった様だ。
 それは白昼夢の不可解な気分の悪さはなくて、ああ、あれは夢だったんだと清々しく目覚めた思いを感じた瞬間だった。

 
 晴れ渡った空の下。浅子は駅前と着いていた。
 懸念した通り電車は嵐の影響で沈滞を起こしているらしく、改札前には大勢の人集り。皆、まだ来ぬ電車を待つべく改札に殺到しているのだった。
 ああ、と浅子は最初は思ったが。
 タイミング良く上司から電話が掛かって来た。交通機関の沈滞を知って連絡をくれたらしい。
 殆どの会社の人間が遅れるか休むかで、まあ君も無理に来なくてもいいという趣旨を回りくどく話していた。
 それでも浅子は即答で「行きます」と返事。時間は掛かるが、ここから徒歩でも会社まではいける。ちょっと気張らしのウォーキングとでも思えば道中は苦でもないだろう。

 会社へと向かう道。まだ水溜まりが日射しで眩く揺らいで輝いている。
 浅子は力強く拳を握り締めて、心の中で決意を唱えるのだ。
 ――負けないぞ。
 彼女は一歩、向かうべき道へと進み始めるのだった。

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