小説

『凍える夢』和織(『怪夢』)

「ご主人は、本当のことを思い出して考えるのが怖かったんですよね。どうして父は母を殺したのか、自分の両親に何があったのか、二人はどういう人間だったのか。でも二人共も、もういない。ご主人は、お父様の罪を公にできなかった。でもそのお父様も、この世界ではもう誰のことも、傷つけたり悲しませたりすることはない。なら、考える意味はありますか?もちろん、生きていく上で必要があるのなら追求すればいいと思いますけど、それよりも大切なことって、山ほどありますよね?事実は事実で、置いておけばいいじゃないですか。わからなくても、それが悪いことでもありません。誰が何を言おうと、ご主人は何も悪くない。あなたは、それを知っている」
 コーヒーを一口飲んでから、思い出したように、相模は付け加えた。
「僕もね」
 その横顔を見て、「やっぱり遠隔操作されてるみたいだ」と思いながら、美佐子は微笑んだ。それが流れてから、自分の涙に気づいた。
「純粋な人ほど、存在しない罪を作って、誰にも知られないように飼ってしまいます」
「先生が見つけてくださいました」
「でも結局、他人にできるのはそこまでです。手放すかどうかを決めるのは、本人ですから」
 相模はそう言って、悲しみを思い起こすような目をした。ああ、遠くにまだ、たくさんあるんだ。と美佐子は思った。たくさんの悲しみが、散らばっている。

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