小説

『あるく姿は』間詰ちひろ(『源氏物語』第九帖「葵」)

 それから数ヶ月のちに、六美は突然体調をくずし、息を引き取った。
「前日まで、食欲もあったのにねぇ。人の命ってわからないものね」葬儀の準備をしている時に、夕奈の母はぽろりとつぶやいた。そばにいた夕奈は、静かにうなずくしかなった。
 あの夜、夕奈が聞いた祖母の過去の話は、誰にも言えない。もしかしたら、祖母は自分の死が近いと悟っていたのかも知れない。夢で起きたことか、それとも現実に起きたことだったのか、今となってはもう誰にも分からない。ただ、夕奈の胸の内に、留めておくよりほかにない。
 遺影の六美は、ただ優しい笑顔を浮かべているばかりで、何かを話してくれることはもう二度とない。夕奈は祭壇に飾られた六美の遺影を静かに見つめた。祭壇にはたくさんの白い百合の花が飾られていて、まるで六美を守り続けているように見えた。

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