小説

『俺は卑怯者』渡辺鷹志(『桃太郎』)

「いや、ここで戦って、もしみんなに何かあったら大変だ。危険な目に合うのは俺一人でいい」
 そう言って、俺は村のみんなを説得した。みんなは尊敬のまなざしで俺を見ていた。
 ……もちろん、これも猿山に指示された通りに言っただけだ。

 みんなに何かあったら大変?
 そんなことじゃないんだよ。むしろ、逆なんだよ。俺たちがこれからやることをみんなに見せるわけにはいかないんだよ。

 決闘当日、村のみんなが見送りに来てくれた。
 俺はみんなにあいさつをすると、一人で鬼ヶ島へ向かった。

 鬼ヶ島へ到着した。
 そこにはあの鬼がまさに鬼のような形相で、いや鬼そのものなのだが、待ち構えていた。
 近くで見ると鬼の体はやはりでかかった。俺の倍以上はある。俺はまた体が震え出した。
 鬼の手をちらっと見た。手には何も握られていなかった。
 金棒は本当に持ってきていないらしい。村人を困らせる鬼のくせに、なんでこんなときは馬鹿正直に言われたことを守るんだ?

 鬼は俺の顔を見た瞬間、大声を上げて俺に向かってきた。
 あの勢いでぶつかってきたら、俺は吹き飛ばされて死んでしまうぞ。
 おい猿山、どうなってるんだ!

 鬼は俺が出した「一対一の対決」「武器は使わない」という条件を信じ切っていた。
 鬼の目には俺しか映っていなかった。

 鬼が体ごと俺にぶつかって来る!
 と思った瞬間、俺の目の前で鬼の体が急に下に沈んだ。
 そこには穴が掘ってあった。地面の上には鬼の上半身しか見えなかった。

 そのとき、木の陰から猿山が現れた。
 実は、前の日から鬼ヶ島に行っていた猿山が秘かに落とし穴を掘っていたのだ。
 鬼は身動きが取れなくなった。それでも必死で穴から上がってこようとした。
 そのとき、猿山がすぐ脇にある岩に向かって声を上げた。
 すると、その陰から鉄の棒を持った屈強な二人の男がやって来た。この二人こそ、猿山以上にずる賢い、というよりたちの悪い雉田と犬伏だった。
 この二人は俺と同じくらい体が大きかった。力も強かった。そして、村人からの評判も最悪だった。暴力や強盗を繰り返しているとんでもないワルだった。

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