小説

『ともしび少女』香久山ゆみ(『マッチ売りの少女』)

 店の客には大工や弁護士や学者など様々な職種の男達がおり、いずれも大きな声でよく喋るから、自然少女の知識もどんどん増えていった。不思議なことに、知識が増えるほどに、分からないことも増えていった。すると自ら勉強したいという意欲も沸いてきた。少女は仕事の合間に、客や女達が置いていった書物を貪るように読んだ。大人たちはそれを静かに見守った。
 もっと勉強したい。学校に行きたい。少女は思った。しかし、学校に通う金がない。
 皿洗いの給金はもらっているが、マッチ売りよりも良いというだけで贅沢できる金額ではない。父親に金を渡す時にはマッチの売り上げだと偽って、いくらかはこっそり自分の蓄えにしているが、それほども溜まっていない。
 スナックの勤務前と後に、彼女は再び街に立つ。マッチを売って、少しでも貯金の足しにしたいのだ。女達は危ないからよしなさいと言う。けれど、意志は固い。少しでも夢に近づきたいのだ。もちろん赤いケープはもう着ない。それでも怖い思いをすることもある。けれど、立ち続ける。彼女の目には、マッチよりも大きな炎が宿っている。
 本の中にヒントを見つけた。長く美しいブロンドの髪を売り、恋人のために黄金の時計鎖を買うという物語を読んだ。髪の毛は売ることができるのだと知った。迷わず売りに行った。彼女の髪は思いのほか高く売れた。母が毎日念入りに娘の髪を手入れしてくれたお蔭だ。ばっさりと髪を切ったことに周りは皆残念がった。この小さな町では女は髪が長いのが常識だから。だが、本人が大満足している様子を見て、スナックのママは彼女の短髪を撫でながら笑った。
「まるで男の子みたい。でもまあこれで街角に立っていて危ない目に遭うことも減るかもしれないねえ」
 春になると彼女は学校に通い始める計画だ。
 ひそかに溜めていたまとまったお金を渡せば両親も納得するだろう。いや納得させる。
 もともとただ漠然と勉強したいと願っていた彼女だが、今はうっすらとではあるが学びたいことがある。
 彼女には政治が分からぬ。経済が分からぬ。しかし、店の人達はみな善良なよき人なのに貧しく苦労している。おかしいと思う。なのに、彼らは現状に不満があっても、そこから脱するということには考え至らない。
 みんな夢の見方すら知らないのだ。けれどマッチ売りだった彼女は知っている。小さな炎が、いかに大きな夢を見せるか。
 大それたことだが、彼女は皆を導きたいと思っている。そうしていつの日か、町から世界からマッチ売りの少女がいなくなることを願っている。

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