小説

『ともしび少女』香久山ゆみ(『マッチ売りの少女』)

 ある日、マッチ売りの少女が消えた――。きっかけは、冬の日のとある街角だった。
「マッチはいかがですか? マッチはいりませんか?」
 寒い冬の夜、街頭に立つ一人の少女。貧しい家を支えるために、マッチを売っている。売れない。
「お嬢ちゃん、寒い中頑張ってるね。おじさんがあっためてあげようか」
「げへへ」
 たまに声を掛けられても、冷やかしばかり。怖い目に遭う度に場所を移動するので、いっそうマッチは売れない。
 雀の涙ほどの売り上げを持って帰る。父親は不機嫌そうに全額を受け取る。母親は少女の羽織るケープを脱がせながらやさしい声を掛ける。
「どうして売れないんだろうねえ。あんたはこんなにかわいい子なのにねえ」
 この赤いケープは、少女をマッチ売りに出すに当たって、寒いだろうと母がプレゼントしてくれたものだ。けっして良い品ではないが、その気持ちが温かく、少女のお気に入り。
 父は酒を飲み、母は病を患っている。今、家計は小さな少女の肩ひとつに託されているのだ。
 だから毎日夕方になると少女は街角に立つ。マッチの火は暗くなってからの方が売れるのだと、夕食前に両親は少女を送り出す。
 でも、売れない。夜の町では怖い思いをするばっかり。酔っ払いの男たちに絡まれることも多い。逃げるように繁華街を避け、人気のない薄暗い路地に入るので、ますますマッチを買う人もいない。
 ぶるぶるっ。真っ暗な路地裏に少女は身を震わせる。人がいない場所は怖い、でも人がいる場所も怖い。居場所がない、逃げ場がない。
 暗いから怖いのだ。今夜も家を出た時の数のまま残ってしまったマッチ。少女はさっとマッチを擦る。売り物のマッチである。帰宅して、売上金もないのにマッチが減っていれば、また父にぶたれる。だから、たった一本だけ。ばれないようにたった一本だけ、マッチ箱から抜き取る。小さな火花とともに、小さな炎がともる。
 いつものように、マッチ一本分だけ少女は夢を見る。
 揺らめく赤い小さな炎。ほんのり少女を暖めてくれる。炎の向こうには温かい世界が見える。しあわせな世界が。
 夢ははかなく消える。すぐにマッチはちりちりと指を焦がすほどに短くなり、少女の手から放れたマッチは足元の白く積った雪に落ち、じゅっと小さな悲鳴を上げて消えてしまう。そうして少女は現実へ帰るのだ。
 ある夜、大寒波の日だった。少女はいつものように街頭へ送り出されたが、外気に触れるや凍てつくような寒さの夜に出歩く者はおらず、マッチは売れない。ここ数日まったく売れない日が続き、少女の家にはもう明日の食べ物もない状態だった。売れるまで帰ってくるな、と父に恐ろしい顔で睨まれ、夕食も口にしないまま家を出てきたのだ。帰るわけにもいかない。

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