小説

『賢女たちの贈り物』町並知(『賢者の贈り物』)

「相変わらず早紀のバッグ、ツヤツヤ。プレゼントしたお手入れセット使ってくれてるのが、よく分かる」
「当たり前じゃん。靴とバッグのお手入れで人間が見える、だよ。今日は東京に出てくるから磨いたんじゃないよ。毎日ケアしてるよ」
 早紀は今、地元紙の編集者として平日は毎日働いている。家事や農業はほとんど週末にしか手伝えないが、父は生き生きと仕事をする娘を認め、平日の家事を少しずつ引き受けてくれている。早紀が加わってから地元紙は部数を伸ばし、スタッフも増員した。広告収入が大幅に増え、成功している地域密着型企業として取材を受けることもある。
 忙しい早紀の一番リラックスする時間は、靴とバッグのお手入れの時間だ。明日のスケジュールとto doを頭の中で整理しながら、丁寧に磨き上げる。今や阿吽の呼吸で仕事ができるようになった編集長に同行する前日には、いつもよりお手入れに時間がかかる。

「私も最近毎晩のように遊んでるよ。クアルト。あきないし、ほんとよくできたゲーム」
「良かった。どっちが強いの?」
「私の方に決まってるじゃん。相手にならないわ」
「ふふ。でもこれからの成長が楽しみだね」
 早紀の言葉でふっとママの顔に変わった舞を、早紀は美しいと思った。美しくて強い顔。舞は本当に変わった。
 離婚が成立し、いよいよ大輝との別れとなった時、あの時の感情を表現する言葉が舞には今だに見つからない。母性などという穏やかな名には似つかわしくない、突き上げるような感情。一度離れた大輝の手を引き戻し、気がついたら口に出していた「ママと暮らそう」。その一瞬で今まで避けてきた感情的な争い、数多くの手続き、自立、舞が苦手だったすべてに、向かい合う覚悟をした。
 すぐに区役所の無料法律相談に足を向けた。そこで出会った女性の弁護士は、丁寧に辛抱強く、弱気な舞を時には叱りつけながら、親権を獲得するまで導いてくれた。親権争いで考慮されるのは経済的な面だけかと舞は思っていたが、今まで子育てにどれだけ関わってきたのかが大きな判断基準となるそうで、それは負けようがなかった。収入の少ない母親でも養育費でカバーできるから十分に子どもを育てていけること、恥ずかしながら舞は何も知らなかった。時々は実の両親に助けてもらいながらではあるが、舞は晴れてシングルマザーとなった。
 やっと勝ち取った大輝との暮らし。大輝はもう6歳になっていた。今舞が一番幸せを実感する時間は、お風呂上がりに大輝とボードゲーム、クアルトで遊ぶ時間だ。大輝は負けた時は転げ回って悔しがり、たまに勝った時は飛び上がって喜ぶ。その様子を見て、舞はお腹を抱えて笑う。笑う舞を見て、大輝はまた笑う。

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