小説

『盗るが先か、死ぬが先か』霜月透子(『うさぎとかめ』)

 空き巣に入ったら、女が自殺中だった。
 俺は空き巣専門で、居空きはしない。だから、住人と鉢合わせになったら部屋を間違えたふりでもして即座に逃げるべきなのだが、俺の頭が情報処理に手間取ったせいで、ただぼんやりと玄関先に突っ立っている羽目になった。女の方も突然の訪問者に驚いた様子で、小さな座卓に向かってアヒル座りをしたまま身じろぎせずに俺を見ていた。
 見たところ俺とそう歳の変わらない感じの、三十そこそこの女だ。髪を引っ詰めて団子にし、黒いスウェットの上下はオーバーサイズで、袖口から指先だけが覗いている。
 首を吊っていたとか手首を切っていたわけではないのに自殺中だとわかったのは、その女の前に大量の錠剤があったからだ。卓上に白い錠剤が山と積まれている。それはもうこんもりと。睡眠薬や風邪薬で自殺するというのは聞いたことがあるが、致死量など知らない。それでもさすがにこれだけ飲めば無事では済まないだろうという量だった。
 どれくらい見つめ合っていただろう、ふいに女が身じろぎをした。その動きが錠剤の山に手を伸ばしたように見え、俺は土足のまま部屋に上がった。
「やめろっ! 死ぬんじゃない!」
 女の動きを遮ろうとして錠剤の山をなぎ払ってしまった。女は、錠剤がバラバラと音を立てて床に転がり落ちる様を眺めていたが、動くものがなくなると、ゆっくり俺を見上げた。怯えた目をしている。
「な、なんだよ。これから死のうってやつがこそ泥ごときを怖がるんじゃねえよ」
 女は覚悟を決めたのか、急にキッと俺を睨みつけた。
「泥棒なら、人助けなんてしていないで、さっさとほかを当たったら?」
「助けたわけじゃない。やるなら後にしてくれって言いたいんだ」
「そんなの私の勝手でしょ?」
「殺人犯に間違われたくはないんでね。窃盗とはわけがちがう。あんたの死亡時刻より前に出入りしたやつがいたとなれば疑われるに決まっている。死ぬのは勝手だが、俺が出て行ってからにしてくれ」
「わかったわ。それなら早く出て行ってよ」
 そこでひらめいた。
「出て行くさ。その前にいただくものをいただいても構わないだろ? 死ぬってことは、ここにあるものは全部置いていくってことだもんな」
 リスクを伴う居空きは避けていたが、目撃者が死ぬというのなら空き巣と変わらない。むしろ住人がいつ帰ってくるかわからない空き巣よりも落ち着いて事に望めるではないか。

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