小説

『二人は朝食を食べながら、夢の話をする』ノリ・ケンゾウ(『魚服記』太宰治)

 朝食ができ、スワに作ってもらったベーコンエッグとトーストを食べる。
「うん、うまいうまい」
「ねえね、私もね、夢を見たの」
「夢?」
「うん。あんまりいい夢じゃないんだけど。よく見るの」
「どんな?」
「それもね、川なの。川がでてくる」
 スワが川辺に立っていると、二人の少年が川の中で泳いでいる。スワは一人っ子なので、兄弟はいないのだが、夢の中で少年二人は間違いなくスワの兄弟なのである。一人が兄で、一人が弟。どうしてそう思うのかは分からないのだが、夢の中ではたいてい分からぬことしか起きないし、分かるか分からないかはそんなに重要でない。二人は泳ぎがとてもうまい。クロールでもないし、平泳ぎでもないけれど、なめらかな動きで泳いでいく。スワは二人に声をかけようとする。自分は泳ぎが得意でないから、川の中に入ることはできない。
「でね、声を出して呼ぶんだけど、二人は泳ぎに夢中でね、全然気づいてくれないの」
 何度呼んでも気づいてくれない二人に、スワが自分はここにはいないのではないかと思い出す。川にいる兄弟を眺めているのはスワなのだが、そのスワには体がない。手や足を動かそうとしてみても、手ごたえがない。スワはもしかしたら自分が幽霊になったのではないかと思い出す。
「幽霊って、もしかしたら人の形をしていないのかも」
 といっても、スワだって幽霊が人の形をしているとは元から思っていなかったが、自分が知っている言葉の中では幽霊としか言い表せない感覚になって、それをそのままオサムに話してみたのだが、オサムはスワが幽霊は人の形をしているものだと思っていたのだと受け取る。
「でもそれは、俺もなんとなく、そうじゃないのかもみたいな考えはあったと思うよ」
「え?」
「だからその、幽霊が人の形をしていないっていう」
「ああ。いや、なんかね、そういうことでもないんだよね」
「ん? どういうこと」
 オサムはそういうことでもないといわれ、どういうことなのか分からない。スワもスワで、どう説明したらよいか分からないから黙った。とにかく兄弟が川の中で泳いでいる。スワは二人を呼ぶ。しかしスワの声は彼らには届かない。それはスワに実体がないからだ、とスワは思う。スワの言葉をそのまま使えば、スワは幽霊だから。でもそのときは幽霊だと思っていたけど、もしかしたら、もっと幽霊だとか、そういうものも超越した違うもの、概念的な、スワは自分をスワだと思っていたけれど、スワですらなかったのかもしれない、じゃあ彼ら二人を兄弟だと思った理由は? そう思っていると思っている個体はスワでなければ誰が? という感じでスワはだんだんと分からなくなってくる。

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