小説

『君という銀貨』小山ラム子(『星の銀貨』)

 わたしが手伝うと言ったときの星野の表情。誰かが自分を手伝うなんてことを夢にも思っていなかったことを物語るあの表情。
 なぜそこまで自分を犠牲にできるのだろうか。わたしには理解ができなかった。
「なんか頼んできたの?」
 星野と話をしていたわたしが席に戻ると、それを待ち構えていたように葵(あおい)が意地悪そうな笑みを浮かべながら近くに寄ってきた。
「別に。ただ話しただけだよ」
「え、なんで?」
 なんでとはなんだ。星野と話がしたいからじゃだめなのか。
「星野さんって鈍くさいよね。昨日も班の子達に掃除押しつけられてたし。だから部活もだいぶ遅れてきてさ。昨日はミーティングもあったから先輩に怒られてたよ」
「掃除当番で遅れたって言えばいいのに」
「いやいや、そしたら掃除にこんな時間かかるわけないってさらに怒られるでしょ」
 そうか。昨日は丁寧に掃除したのもそうだが、わたしとの会話が弾んでそれで遅くなってしまったのもある。
「わたしが色々話しちゃったからかなあ。悪いことしたな」
「え? なんで莉奈(りな)があいつと話すの?」
「昨日掃除手伝ったから」
「ええ! 何やってんの莉奈!」
 葵がオーバーリアクション気味に声を上げながらチラッと見た先はいけいけなギャル集団だ。星野は運悪くあのグループと掃除当番の班が一緒だ。
「あの人達のターゲットに星野がなってくれてるんだからさ、かかわらないほうがいいよ。莉奈までパシリ認定されちゃう」
 葵がわたしに耳打ちする。その声からは本気でわたしを心配していることが分かった。
「うん、そうかもしれないね」
 だからこそ言えなかった。わたしは星野と友達になりたいんだってことを。
 それでもわたしは星野のことが気になった。放課後に地学室をのぞいてみる。案の定星野は一人で掃除をしていた。
「あれ? どうしたの鈴岡さん。今日は筆箱なかったよ」
「そんな毎日置いてかないわ。ってか今日地学なかったし」
 わたしは昨日と同じようにロッカーからバケツと雑巾を取り出した。
「え? な、なんで?」
「これは昨日のお詫び。部活遅れたんでしょ? わたしが色々話して引き止めちゃったなあって思って」
「え! い、いいよ! だって楽しかったし!」
「今日は大丈夫なの?」
「え?」
「部活」
「あ、えと、今日はミーティングもないし自由にやっていい日だから……」
「じゃあ今日はゆっくり話できるね。よし、さっさと終わらせよう!」

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