小説

『ずおん』ノリ・ケンゾウ(『雀こ』太宰治)

 昼休みになり、マロサマが立ち上がると、教室内の喧騒がおさまり、マロサマを先頭にぞろぞろと児童たちが並んで歩いていく。オサムはその一番後方について歩いていくことにした。児童たちはオサムがついて歩いてくるのを嫌がるかと思ったがそうでもなく、嫌がるとか嫌がらないとかいう以前にまったく意に介していない様子だった。マロサマを先頭に歩いていく生徒たちは、厳粛な感じ、ではなくてほとんど普段の移動教室のときみたいに、隣や前後に並んでいる児童同士でときおり話をしているようで、リラックスしている雰囲気だった。ただときおりその端々からずおん、ずおん、という話し声が聞こえてきて、しかしこれだけ近くでそのずおんの話を聞いていても、オサムには何の話なのかのイメージが像を結ぶことはできなかった。そのまま何分か歩いた先に、第二校舎のうらの庭に辿りつき、雑木林が茂るなかを歩いていくと、いつのまにか季節は秋から冬に変わろうとする頃合いになっていて落ち葉が沢山落ちていた。オサムはしばらくの間、あまり季節といったものを意識せずに過ごしていた。近頃は、学校で働いていてもやめろやめろと主任から言われているし、オサムとしても嫌味を言われてまでこの仕事を続ける必要もないと思っていた。マロサマを先頭にした列が歩みを止めた。ずおんじゃ、ずおんじゃ、と声がぽつぽつと湧く。いったいこれからマロサマが何をするのか分からぬが、これを見届けたら先生を辞めようかと思う。マロサマを中心に、周りを囲むように児童たちがぐるぐると、一直線だった列を崩して円を描く。マロサマの姿が見えなくなる。これはなんなのだろう。オサムは何が起きているのか分からないが、辞めると決心したことで、ずおんにもマロサマにも興味がなくなってしまっている。円が完成すると、ずおんじゃ、ずおんがでるぞ、と児童たちが騒めき立つ。マロサマの姿はまだ見えない。何か動物が鳴くような声がした。動物? 児童たちが形作る巨大な塊の中に、なんとか小さな隙間を見つけて、マロサマの姿を見ようと目を凝らす。マロサマが土の中から何かを引き上げて、抱き寄せるように両手で持った。もぐら? 猫? さっきの鳴き声はもしかしてマロサマが抱きかかえている動物なのだろうか。分からない。あまりに不可解だが、それもこれもやっぱりオサムにはどうでもよく思えてくる。ずおんじゃ。ずおんじゃ。児童たちは繰り返し繰り返し呪文のようにその言葉を吐き続ける。ずおん。ずおん。ギュイイイ、ギュイイイ、とこの世の物とは思えない鳴き声が辺りに響く。マロサマが両手に持ったナニカを、天にかかげる。

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