小説

『死のうと思っていた』ノリ・ケンゾウ(『葉』太宰治)

 そう、たしかに僕は死のうと思っていた。死のうと思って、赤井君にも死のうと思っているんだと飲み屋で酔っ払いながら繰り返し話したし、だから赤井君も赤井君で、僕が嘘でなく死のうと思っているのだと思ってたいそう心配して、それで付き合ってくれて大量の酒を一緒に飲んでくれたし、そうやって僕を励まそうと躍起になってしまうほどに僕の様子は神妙で、もちろん自分自身もう人生なんてどうでもよいと半ば本当に思っていたのだが、本当に思っているというのは、本当に思っていると思い込むくらい絶望していたということの比喩で、それはまったく言葉だけのパフォーマンスに過ぎない。いくら本気本気と口では言っていても、やれそれで自分で本当に死のうと思って行動に移すほど本気なわけがないではないか。本音と建前という言葉があるだろうに、どうしてこんなことになってしまったのか……。
 やはり我々の発する言葉にも口に出せば魂が宿ると言うか、これが言霊というものなのか、僕があれだけ死にたい死にたいと宣ったことが要因でこんなことに発展してしまったのだというのなら、今すぐあのときの発言は撤回したい。赤井君にも全部嘘ですと言って泣いて謝る。死にたくない! と叫びながら死んで詫びてもよい……じゃなくて、死んではダメだ、死にたくないんだから。僕はまだ一つの小説すら書き上げられていないというのに、このまま死ぬわけにはいかない。
 でも赤井君はあれだけ沢山飲んでくれたし、真摯なアドバイスも沢山くれて、それだけで十分なのに、赤井君はそれでも飽き足らず、赤井君がこれまで生きてきた中で選りすぐりの、死にたくなるくらいに恥ずかしい、本当に人の恥部みたいなエピソードや主に恥部周りの話を何個も披露してくれたりして、僕を励まそうと必死になってくれていた。それが、落ち込んで躍起になって死にたいだとか僕が大げさに言っていたのが全部真っ赤な嘘だったなんて言ったら、赤井君は僕の友達をやめてしまうかもしれない。それに少し記憶があいまいではあるが、たしか赤井君は僕の元気がないからと言って、勘定だってすべて支払ってくれた。なんなら端から僕はお金を払う気はさらさらなくて、財布すら持っていなかったのに、まるで自分でも払う気だったみたいに、それは悪いよ、なんて言いながら赤井君がお金を支払うところを見ているだけだった。それだって知ったら赤井君怒るかもしれないけど、まあでも怒られるくらいならどうってことない。お金は本当になかったんだし、普通に死にたくはない。命より惜しいものがあるか、と僕は思う。だけれども本当に、どうして私はこんなことになってしまったのだろうか。このままじゃ本当に死んでしまう! 右を向けど左を向けど、天を向いても地を見ても、ここがどこなのかが全然分からない。寒いし、暗いし、どうしよう。ビルとビルの間の細い隙間みたいなところに完全にはまってしまって、抜け出せなくなってしまった……。

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