小説

『花咲かす大樹』まる(『こぶとりじいさん』)

 拝殿の前で鬼のおやじが地べたに座っていた。
「あれ、また来たの中村君。間が悪いなあ」
 鬼は私を見てため息をつきながら言った。
 よく見ると、鬼の前には目を瞑った「彼」が仰向けになっていた。ゆっくりと膝をつき、「彼」の顔を覗き込んだ。暗くてよく見えなかったが、青白く、すでに生気が無いように見えた。私はその姿を見てようやく「彼」の言っていたことが真実だったと思えた。
「ところで中村君、何しに来たの?」
「『彼』の真意を確かめたくて来ました。『彼』は本当に、ただ死にたいという思いだけでこうなったんですか?」
 鬼は私をじっと見つめていた。
「そうか、この子が最後に学校に行きたがったのは、もしかしたら、中村君に追いかけてきてもらいたかったからなのかもしれないね」
 そう言うと鬼は「彼」の頭に手を置いた。
「まだギリギリ生きてるから、今なら記憶をちょっと取れるよ。中村君が聞きたいことは、この子から直接聞くといい」
 そう言って次は私の頭に手を置いた。すると、私の頭の中に「彼」の記憶が流れ込み、連鎖するようにして「彼」との思い出までが蘇ってきた。

 彼の名前は内田大樹という。
 私の持つ三年A組の生徒で、とても頭が良かった。ただし物覚えが悪く、テストでは知識を要求される問題を大変苦手としていて、成績は平均程度であった。彼はよく笑う子だった。しかし彼のする話は、自殺願望のことや自己否定ばかりの暗い話が多かった。でも、だからこそ彼はそういった話を明るく笑いながらしていた。聞いている側としてはどう反応すればいいか戸惑うこともあったが、彼は決して嘘は吐かなかったから特に気分が悪くなることはなかった。そして自分を否定してしまう彼の話は、若い頃の私と重なっていつも共感していた。彼となら、私は生きていけると思っていたし、彼もまたそう思っていると信じていた。
 ある時、病気の妹の話を聞いた。長く付き合っていかなければならないかもしれないし、もしかしたら命の危険もある病気だということだった。そんな妹が体調を悪くした時、彼は奮闘し始めた。ただただ平穏な毎日を過ごす中で、自分にも何かできる役目があるかもしれないと行動し始めた。しかしそれはどれも上手く行くことはなかった。最初は医者になろうとして医学に足を踏み入れ、妹の病気について学ぼうとした。本を読めばそれを理解するだけの頭はあったが、彼の物覚えの悪さは致命的であった。やがて医者からは妹の命がもう長くはないと告げられる。もはや猶予はなく、時間をかけて医者を目指している間に妹はいなくなってしまう。ならばと彼は治療費に目を向けた。少しでも良い治療を受けさせるためには少しでも多くの金が要る。彼はアルバイトを始めたが、それも長くは続かなかった。高校生に任せられる仕事はどれもいくつかマニュアルを覚えなければままならなかった。「こんなこともできないのか」と言われるような仕事でさえ彼にとっては難しかった。次第にアルバイトも減り、とうとう彼は自分の無力さを知った。そして最後には、神頼みしかなかった。

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