小説

『駆け込みパッション』もりまりこ(『駆け込み訴え』)

 ある意味おれの原点の場所に帰ってみようと思った。
 あの日、決定的になる6日前ぐらい。弟子のシモン君のところでみんなでご飯食べてたら、マルタちゃんの妹のまりやちゃんが来て、<ナルドの油>を俺にぶちまけてくれたことがあったん。え? って思ったけどえ? って思ったんはその匂い。なんかすっごい黴臭くて土の匂いみたいやったのに、まりやちゃんの髪からはなんかイランイランみたいな百合の匂いも混ざってたから、妙な気分。その様子を冷ややかに見てた湯田。そんなん、ぶちまけてからにって湯田が激怒したん。弟子っこ達の面前で。おまけにとっても標準語で。高価な油をあたまから足の先までどういうこと? きみ何考えてるの? バカじゃないの? ってな感じで。
 それはあまりにもまりやちゃんが可哀そうだったのと、その時の湯田がまりやちゃんをほんとうに殺してしまいそうな眼で、射抜いたのでまぁまぁって感じで、おれは庇うことにした。もうわたしは死んでしまうのだからその準備の為にまりやちゃんは、こんなに良きことをしてくれた。わたしの生涯は短いだろうけれど、その日を思い出す時に今日のまりやちゃんの行動もぜんぶコミで思い出すって素敵だよねそう思わないかい? って。でもまりやちゃんは、ぜんぜんふつうで。あら、ごめんさないってな感じで、長いじぶんの髪の毛で足の油を拭ってくれたりして、え? ちょっとなんか身体が顔がいろんな場所がフラッシュした。それを見てる時の湯田の眼が、またなんていうか、もしかしてゆーあーじぇらす? 的だったので、余計にまりやちゃんの肩を持った。今思えば湯田の気持ちに追いつくのがこわくてまりやちゃんを必要以上に、弁護したかもしれないって思う。

 浜辺を歩く制服にラケットを持った女子たちが、歩きながらぶつぶつと。
 許せないこと多かったやん。
 ゆるせないことばかりで、もうどれがゆるせない1号かさえわからないかんじ。だはは。
 リリコもそう思うでしょ。ゆるせないことはゆるせないし、ゆずりたくないとおもうから、ときどき裏切りたくなるの。
 裏切るって、つまりチクるってこと?
 そう。だって2組の阿麵だってさ、けっこうひどくない? あれって裏切りだよ。なのに可哀そうな子みたいな感じに思われてさ。ずるいんだよ裏切る奴は。
 でもさ、それしちゃったらさそれってリリコ、ユダになっちゃうよ。阿麵と同じ穴のなんとかになるんだよ、なぁんてね。 
 潮風に運ばれてくるそのふたりの若い女子たちの会話を聞きながら、おれは立ち止まる。いま、ユダ? っていった? 空耳? すっごく彼女達に近寄ってもういちど聞きたくなってたら、彼女達は何度もユダユダって繰り返した。

 なんで? あの事件以来たぶん湯田は、裏切りの代名詞になっているのか。
 あの後、予言とかでたらめやったら湯田は死んでいないはず。だとしたら、どんな人生を歩んだんやろう。裏切りってのは演技でねとかってたぶん言い訳がましいことは口にしなかっただろう。後ろ指さされながらの湯田の歩いてきた道を思った。
 おれは、その名前を通りすがりの他人から聞いて、どこかでこころが激しく小刻みに微動した。つまり動揺した。

 何を思いながら歩いていただろう。砂浜を抜けて左に防風林のレゲエ村を横目で時々みながら、なつかしい十字架の家、教会<オリーブの木の下で>に足をふみいれたら、おれみたいなものが十字架にかけられていた。こそばゆいような気分。鏡をみてるみたいじゃなくて、パラレルワールドのゲートをくぐったような。久しぶりに、祈った。

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