小説

『駆け込みパッション』もりまりこ(『駆け込み訴え』)

 だから、ぜんぜんサンキューも言えんままで。とにかく気になってたん。
 甦ったらいつか疑っててごめんとありがとうって言おうって思ってたら、復活なんてせーへんし、ふつうに死んでるやんって思ったらちょっと焦った。

 十字架に架けられた後、予言ではねヨハネとかが付き添ってくれるはずやったけどまぁそれもあやしくて。他の弟子っこいたやんか。ペテロとかヤコブにアンドレ、トマスとかいろいろね。みんな俺の言葉に頷いては涙ぐみ、よく浜辺をぞろぞろ歩いては、つきしたがってくれてたけど。みんなべんちゃらうまいん。おれはそういうところのネジが一本抜けてるから、うのみにしてしまって。ほんとうにまじで思い出すのは、湯田のことばかり。
 湯田どうしてるん? 思ってたらじわじわと復活した。
 でも誰も俺のことなんて覚えてへん。それはそれでかまへん。
 んで、いまやっと甦ったら、さっき短いスカートの女子にびしょびしょやんかって笑われてた。
 おれやでおれって言いそうになって、若い子は知らんねんなって思ってしゅんとしてたら。
 着替えの服とかあるん? オーマイガー!って。
 ぱーどん? もういちど言ってちゃんとこの耳で聞きたい。他人が発してくれる俺の名前。そういうもんよ。ずっと死んでたら誰も呼んでくれへんよってに。ありがたかった。
 そうそうそのガー、が俺。やっとわかってくれたんやって思ってたら、彼女達へらへらわらって、あの浜辺の向こうの防風林のところがレゲエハウスだから、そこいったらええよって、ほどこしを行う神のような眼で彼女たちは指をさした。きれいに光ってるネイルの施された爪の先には、防風林。
 あそこ? ってレゲエマンのふりをしてありがとうって礼をいう。
 歩いてたらまたちがう女子が、いややオーマイゴッド!ってエライ滑舌はっきりと指さして笑いもって言ってた。
 またその女子たちの指みてたら、きれいなネイルアート。
 あの日、トマスが言ったん。最後の晩餐のときね。裏切り者はひとりですか?って指1本立てて。はぁ、なんで気がつかなんだ。だいたいそういうこと言うやつってあやしいやん。いかにもじぶんは、従順ですあなたの味方ですよみたいなの。今気づいたけど、たぶんやけど、さっきの女子たちのあれはおれの名前ではないね。そういう流行り文句かなんかなん? オーマイガーって。

 防風林のところにはいろんなタイプのおじさんがいて、みんなフリーダムやった。そこにいる男の人がこれ喰いいなってさしだしてくれたのが、ほたての醤油焼き。もうひとりのひとが、おじちゃんびしょびしょやんかって言って、ほれってさしだしてくれたのが、ふわふわしたフリースやった。それも上下。
 そう。施されてるってこんな気分やったんやなって。
 ここで暮らすんか? いうてくれたけどもらった服に手を入れ身体くぐらせて、ふわふわっとおれも返事しよう思た時、ふと地名が頭に浮かんで、ここからゴルゴタって遠いんですか? って聞いてた。そしたらそのおじさんが、ずっとあっちってまた指さしはって、その指は今までにみたことないぐらい、年季の入った燻されたみたいな指やった。

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