小説

『彼女が僕を縛ったら』むう(『浦島太郎』)

「あの店は? 多岐さんのいた縛る店がないんだ。何か知ってますか」
「ああ、あの店ね。昨日なんか荷物運んでたね。店がない?ここ、よくあることよ」
 タイ人のお姉さんはだからどうしたのという感じだった。

 僕は途方にくれてふらふらと新宿の街を歩いた。ふと、オトが新宿の海の中をゆらゆらと泳いでいるような気がして、広がる夜の街を見渡した。
 そのままオトの家に行き、鍵を開けて中に入る。人の気配はない。
 僕は馬鹿だ。スマホの番号すら聞いてなかった。いや、フルネームも誕生日さえ知らなかったことに、今更ながら気付いた。
 ただの気まぐれなのか。ふらりと帰ってくるのか。もしかしたら、僕は何か間違ったのか。あれは開けちゃいけない玉手箱だったのか。頭の中をいろんな考えがグルグルと駆け巡る。
 水槽には太郎が静かに佇んでいた。いつの間にか甲羅を縛っていた赤い紐がないことに気付く。縛られてない太郎は、全然知らない亀みたいだ。
 僕は、畳の上に転がっている人形を手に取った。いつもオトがしていたように、組紐を手にしてゆっくりと人形を縛る。
 そっか、縛られたのは僕の方なんだ。

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