小説

『彼女が僕を縛ったら』むう(『浦島太郎』)

「オトのお父さんとお母さんは、今どこにいるんだろう」
「さあ」
 僕は言ってしまってから、まずいことを聞いたかなとドキドキした。
「二人とも、竜宮城に帰ったんだよ」
 オトが真顔で言う。
「浦島太郎だね」
 僕はおかしくもないのに、ハハッと笑ってみせた。オトは無言で立ち上がる。
「私、今日これから仕事だから、タスケ、このままここにいて、泊まってっていいよ」
「ここに?」
 そんなこと言うの、初めてだ。えっと、泊まるってつまりはそういうことなのだろうか。僕は急に緊張してきた。
「ここにいて」
 オトは僕に鍵を渡した。赤い紐から、銀色の鍵がぶら下がってる。これ、受け取ったら僕は逃げられない気がする。逃げる? 何から? オトから?
「わかった。待ってる」
 僕は決心したように鍵を受け取った。

 オトが仕事に行ったら急に部屋の温度が下がったように感じた。この家にはテレビもない。オトはいつも一人ここで、人形やぬいぐるみを縛って過ごしてきたのだろうか。僕は想像してちょっと怖くなった。
「お前がいるから一人じゃないか」
 太郎は反応しない。亀はなつかないよなぁ。やっぱり。

 退屈でしばらく寝転がっていたら、いつの間に寝てしまったみたいだ。オトが家を出た時はまだ陽があったのに、目を覚ましたら真っ暗だった。
 部屋の電気をつける。もう少ししたら、オトも帰ってくるだろうか。
 いつも僕らがいる和室の隣に、オトが寝室に使っている和室があった。襖を開けて隣の和室に入る。ベッドがあってタンスと本棚があって、本棚には僕が読まないような難しそうな小説があった。オトが好みそうな緊縛の本や写真集もある。それから絵本が何冊か。あ、浦島太郎の絵本もある。僕は絵本を取ろうとして、その横に亀甲縛りをされたオルゴールみたいな箱があるのに気が付いた。
 縛ってあるのは開けられたくないからだろうか。何が入ってるんだろう。箱を手に取ったと同時に、ガラガラと引き戸が開く音が聞こえた。オトだ。
 なんだか、いけないことをしているような気がして、慌てて箱を戻そうとした。
「タスケ? どこ?」
「ごめん、ちょっと退屈で。色々見てた」
 僕は声を上げる。オトが部屋に入ってきて、本棚に戻そうとしている箱に視線を向けた。
「あ、それ」
「ごめん。縛ってあるから、気になって」
「……気になるなら開けていいよ」
 僕の前にペタリと座り、本棚の筆立てからハサミを取り出し、僕に渡す。
「え? いいの?」
 オトが頷く。僕は少しためらって、それから思い切って赤い紐にハサミを入れた。パチンと紐が切れて封印が解ける。オトの顔を見た。目で、開けてと訴えてる。中に入ってたのは、一枚の写真だった。
 一瞬オト? と思いどきりとした。その人はオトと良く似た顔をしていたけど、良く見ると少し違った。どきりとしたのは裸だったのと、縛られていたからだ。でもいやらしいというより、とても綺麗だと思った。
「お母さん?」
 オトが、夢見たいな顔で写真を見た。
「オトのお姫様だよ」

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