小説

『少女は非力な夢を見る』小田(『金太郎』)

「自分が少し強いからって、神野君をいじめているアンタを私は嫌い」
 私は、必死で言い返した。正直好きと言われて熊澤に対する感情が分からなくなっていたが、私は自分に言い聞かせるように言った。
「華さん、誤解している!俺は神野をいじめてなんかいない。あいつは中学の頃からの友達なんだ。まじめで静かな奴だから、いつも一人で過ごしてて、だから、輪に入れるように協力してって神野の親からも頼まれてるんだ。」
 私の頭はさらに混乱した。どういうことだ。
「でも、体育の授業の柔道でも、わざと未経験者の神野君とペアになって投げ飛ばしてるって聞いたよ!」
 私は少しむきになって言った。
「それは、あいつ友達全然いないから、俺以外にペアになってくれる奴がいなかったんだよ。それに、神野が、柔道の技を経験してみたいからって言ったから俺も技をかけてたんだ」
「じゃあ、さっきの腕相撲に神野君を誘ったのも・・・」
「そうだよ、あんだけ男同士で盛り上がってたんだから、神野も混ぜてあげたいと思ったんだ。自分から言い出せるタイプじゃないし・・・」
 穴があったら入りたいとはこの事を言うのだろう。熊澤が嘘を言っているようには見えない。全部私の勘違いだったということか。本当に気分が悪くなってきた。
「・・・そう、私、保健室いくね」
「ちょっと待ってくれ。返事は?」
 熊澤は、真剣な目をしていた。私は、熊澤に対して、勘違いしていた後ろめたさからか、はたまた好きと言われて舞い上がってしまっていたのか、はっきりと断ることが出来なかった。
「まずはインハイで日本一になって、その上で熊澤が私に腕相撲で勝つことが出来たら、考えても良いよ。あと私の力については他言無用。」
 思わず父に言った言葉と同じようなことを熊澤にも言ってしまった。ただ、日本一というのは、厳しすぎる条件だったかもしれない。
「わかった。約束だからな。」
 しかし熊澤は、何かを決心したように言い、その場から去って言った。
 それからしばらくの間、熊澤は、私に話しかけてこなかった。なぜか、好きと言われてから熊澤の事が気になってしまっていた私は、少し寂しかった。教室で熊澤からの視線を感じる事があり、彼の方を振り向いても、目が合ったとたん、顔を赤くし熊澤は下を向いて視線を逸らすのだ。大柄な熊澤が照れて丸くなる姿がなんだか可愛く見えた。
 そして次のインターハイの季節がやってきた。佐藤によると、私に腕相撲で負けた日から、熊澤の練習への打ち込みは、尋常ではなかったらしい。
 そして熊澤は、インターハイで優勝した。優勝した際のインタビューで記者からの質問に対して、熊澤はこう答えていたらしい。
「優勝した感想どうですか?」

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